どしゃぶりの真ん中で

 悲しいの?と彼は言った。そうだね、そうかもしれないね。だって現実は残酷なものだから。でも、本当の理由は私にも分からなかった。





涙なのか雨なのか




 ここの所、雨が降り続いていた。雨が降るといつも頭痛がして、少しだけ気分も下がる。なまえは雨が好きでは無かった。
 書類をまとめ、真っ白な廊下をひたすら歩いていくと、一番奥にここのボスである白蘭の部屋がある。ノックをしてから扉を開けると、目の前の光景はいつもと何も変わらなかった。

「白蘭」

「あ、なまえチャン」

 なまえに呼ばれて振り返った真っ白な男、白蘭は白くてふわふわなマシュマロを口に放り投げた。甘いものは確かに昔から好きであったと思うが、前はあんなに食べてはいなかったと思う。彼はマシュマロの様にふわふわと掴みどころの無い男であった。

「もう少し、しゃんとしてもらえる?」

「相変わらず手厳しいなぁ」

 そう言いつつも白蘭はマシュマロを放り投げる手を止めない。彼はいつだって言うことなんて聞かないのだ。いつもそう、何を考えているかもわからないし、欲が無いかと思いきや世界征服なんてものを目指している、ワガママで自己中心的すぎる人間だ。

「また泣いたの?」

 振り返った彼はなまえの目元が若干赤くなっていることに気付くと、左手で掴んだマシュマロを差し出した。

「あげる。甘いもの食べたら幸せな気持ちになれるよ」

 こんなもので私の気持ちが晴れるのであれば、お前なんかより数百倍マシュマロを食べ続けてやる、と内心なまえは思った。だがそれを口にすることはせずに、白蘭からマシュマロを受け取ると、小さな口に大きなマシュマロを全て詰め込んだ。

「どう?幸せ?」

「ちょっとだけ」

 心にも思っていないことである。だが、なまえがこう言うのはいつものことであった。白蘭はマシュマロの甘い粉がついた手で彼女の頭を撫でる。

「汚い」

「酷いなあ、慰めてあげようとしているのに」

 そう言った白蘭の表情は少しだけ悲しそうであった。だが彼が本当に悲しいと思っているかなんてなまえにはわからない。もう何年もずっと傍にいるはずなのにわからないのだ。

「ねえ、白蘭。わからないよ」

 なまえが呟いても彼は答えない。暫く沈黙が続くと彼は「そろそろ動き出す頃だよ」と話を変えるように告げた。

「過去からあの指輪を持って彼等がやってくる」

 それはずっと白蘭と正一が計画していたこと。過去からボンゴレ十代目ファミリーを連れてきて、ボンゴレリングを奪うという、彼が世界征服をなす為に企てられた計画。なまえは想像しただけでも血の気が引いていくような気持ちになった。

「君はそこにいてくれるだけでいい。大丈夫、怖くなんかない」

 白蘭の言葉なんて信じられないけれど、なまえは咄嗟に「うん」としか答えることが出来なかった。