枝分かれ徒花

episode 11

 場所は博士の研究所。部屋には俺と灰原と博士、それから沢田なまえが、一つのローテーブルを囲むようにして座っている。

「さて、何から話しましょうか」

 全員が何から切り出すべきか迷っていたところ、初めに口を開いたのは俺達の正面に座る、沢田なまえだった。

「あの日、わたしは蘭さんたちと水族館に遊びに来ていたんです」

 子供達が園子さんに頼み込んだタイミングで、わたしも蘭さんのお家にお邪魔していたので。
 そう告げた彼女の表情は嘘を付いてるとは思えない。それに、その話は蘭からも聞いていた。

「そしたらたまたま灰原さんを見つけたんです」

 視線を向けられてからびくりと、隣にいる灰原が肩を揺らす。
 あの日から灰原はどことなく落ち着きがないように見える。黒の組織の人物、キュラソーとの遭遇。そしてそのあと子供達を守るために自らの体を張った姿を目撃したこと。そして最大の要因はキュラソーとの会話を、沢田なまえに聞かれたことであろう。
 目の前にいる彼女は一度全員を見渡してからゆっくりと口を開いた。

「今更隠す必要もないのではっきりと言います。わたしはあの女性と灰原さんの会話を聞きました」

「っ……」

「それは……」

「正直今でも理解し難いのですが……何故あんな時にまでごっこ遊びなどをしていたのでしょうか」

 その瞬間、張り詰めていた空気が一気に崩れ、思わず彼女以外の人物が全員「は……?」と、声を漏らした。

「今、何て……?」

「いえですから、灰原さんはずっと大人びているなと思っていたので驚いたんです……自分の身が危険でありながら遊びの延長をしているなんて。……あの女性とお知り合いだったのでしょう?」

 膝から崩れ落ちそうな気持ちであった。彼女の口から何か聞き出せると思っていたのに、実際はただの勘違いだったということになってしまったのだから。
 しかし、隣にいた灰原は「普通、あんな動きなんて出来ないと思うけど」と、早口で告げる。焦っているのか、スカートの布地を固く握っていて、皺が寄ってしまっている。

「実はわたし、ボクシングをやっているんです……」

「……え?」

「女性らしくないかなと思って、あまり人に言うことは無かったんですけど」

 友人に随分と熱烈に勧誘されてしまって。
 そう言って、沢田なまえは少しだけ気恥しそうに目を伏せた。
 思えば、以前怪盗キッドの予告状が届いた展示場を訪れた時も、彼女は並ならぬ身体能力を見せた。
 まさか、本当に?
 そんな考えが頭の中をぐるぐると渦巻く。自分が感じていた彼女に対しての違和感と、灰原が見た異常さは、そんな簡単なことで済ませられることなのだろうか。しかし探ろうにも彼女から隙は見当たらない上に、これ以上話すつもりが無いようにも見える。
 想定よりも厄介なことになってしまったことに思わず唇を噛み締める。結局このままでは沢田なまえのことを探れなかった挙句、こちらの情報だけが漏れてしまったことになるのだから。
 すると目の前の彼女が突然立ち上がったと思えば、窓際へと歩み寄り、カーテンをゆっくりと閉める。突然の行動に俺と灰原は再びびくりと体を揺らした。カーテンを閉めたあと、窓際に背を向けたかと思えば、彼女は先程とは打って変わって困ったような表情を見せた。

「お隣さんに見られては困りますから」

 まさかそれは昴さんのことを指しているのだろうか。呼ぶまではしなかったが、今日のことは一応彼にも伝えてある。その視線に気付いたというのか?

「わたしはお二人について詳しく聞くつもりはありません」

「お前やっぱり……」

「なので、わたしのこともあまり探らないで欲しいんです」

 恐らくきっとこれは彼女の本心だろうと、なんとなくそう思った。しかしその言葉で確信した、やはり彼女は只者では無いと。

「灰原さんが何かを恐れていることはわかります。しかし、わたしには理由がわかりません。これでは満足して頂けませんか?」

 つまりそれは灰原が宮野志保だということを理解していないということと、理解していたとしても黒の組織とは関係が無い、ということだろうか。

「あの女性のことは何も知らないの?」

「ええ、何も」

「……本当に?」

「逆にもし知っていたら、コナンくんは何が知りたいのでしょうか」

「…………」

「お二人のことを探らない。そしてわたしのことも探らない。これでは駄目でしょうか?」

「ううん、そうしよう」

「しかしこれではきっと不安に思われるかと思います。なのでこれだけは一つ言っておきますね……」

 前置きをしてから、俺の隣に座る灰原や博士と一度目を合わせてから、彼女は静かに呟いた。

「表であり続けるなら、わたしはあなた方を傷つけることはしません」

「表……?」

「光と影の方がわかりやすいでしょうか?」

「それって、」

「わたしから言えるのはここまでです」

 つまり裏切りさえしなければ味方でいるということだろうか。沢田なまえはカーテンを開け放つと「このことは秘密ですよ」といって、静かに微笑んだ。





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