episode 08
日本に戻ってからの休日の過ごし方は、専ら修行の日々。中々イタリアに帰ることが出来ない為、リボーンや雲雀くんに見てもらうことが多かった。だが今日は珍しく約束をしており、わたしは米花町を歩いていた。蘭さんの家に向かう途中、先日お邪魔した阿笠博士の家が見え始めると、目の前から赤い車が走ってくるのが見えた。
咄嗟に右の壁側に寄る。住宅街を走るにしてはやや速度も早く、随分と目立つその車をわたしは何となく横目でちらりと見遣った。その車はどうやら左ハンドルだったようで、偶然運転手の男性と目が合う。それだけであれば別段気にもしてなかっただろうが、男性の表情はまるでわたしのことを知っているかのように少しだけ驚いたような表情をしていた。
「なまえさん、いらっしゃい」
「お邪魔します。これ良かったら……」
「わあ、シュークリーム!ありがとう!お父さん、なまえさんがシュークリーム持ってきてくれたよ」
リビングルームへと案内されると、部屋で寛ぐ蘭さんのお父様はこちらを振り返った。彼女のお父様とは以前キッドの事件の際に一度お会いしているが、とても気さくで優しい方である。
「おう、わざわざいいのに。ゆっくりしていけよ」
「ありがとうございます。……今日はコナンくんはいないのね」
「うん、朝起きてすぐ遊びに行っちゃったの」
「子供は元気ね」
暫くしてから蘭さんの携帯が震える。相手は園子さんからのようで、子供達と一緒に東都水族館まで来て欲しいとのことだそうだ。どうやら子供達から観覧車に乗りたいと言われたらしい。
「まーた、水族館か……」
お父様は溜息をついた。訳あって先日も東都水族館を訪れているらしい。
「なまえさんも良かったらこれから一緒に行かない?」
蘭さんからのお誘いはとても嬉しいが、子供達を連れていくのにわたしまでついて行っても大丈夫なのだろうか。
「え、でも良いんですか…?」
「一人増えたところで変わらねーよ」
答えたのはお父様だ。ぶっきらぼうな言い方であるが、彼はなんだかんだ人から頼まれると断れない性格なのであろう。レンタカーを借りると言うので、わたしはお言葉に甘えて、一緒に東都水族館へと向かうことにした。
準備をしてから子供達と合流する。てっきりコナンくんが遊びに向かったのは、あの子供達とばかり思っていたので、一緒ではないことに驚いた。光彦くんは人差し指を口元に当てて呟く。
「コナンくんと灰原さんには内緒なんです」
彼等は別の用事があるらしい。蘭さんのお父様の運転で東都水族館まで向かえば既に日は落ちかけていて、観覧車やその周りの煌びやかな電飾が輝いており、とても綺麗だ。
リニューアルオープンしてからさほど日にちは経っておらず、休日なのもあって人はかなり多い。
「お父さんはどうするの?」
「ここで寝てっから楽しんでこいよー」
「……ありがとう」
「すみません、ありがとうございます」
お父様は座席を倒してから、右手を軽く上げた。
チケット売り場の前で園子さんを待っていると、一人のスーツの男性が売り場のキャストに声をかける。どうやら観覧車に乗りたいそうだが、本日分のチケットは完売しているらしい。
「ではここの責任者に伝えて欲しい。公安の者が協力を要請していると」
男性は胸元から黒い何かを取り出すと、ガラス越しにそれを開いて見せた。あれが本物であれば恐らく警察手帳であろう。様子を見ていた蘭さんとわたしはお互いに目を合わせた。
「今の……」
だが言葉を続ける前に、蘭さんを呼ぶ声が聞こえ、振り返れば、キャストを一人連れた園子さんがこちらに向かって歩いている。
「あっ、やっと来た!」
「お待たせー!手続きに時間が掛かっちゃって……あんた達感謝しなさいよー!」
「流石園子お姉さん!」
「……じゃあこの子達宜しくね」
隣にいたキャストが子供達に声を掛けると、四人はそのまま観覧車へと向かっていく。
「いいの?お任せしちゃって」
「大丈夫よ」
「園子さん、わたしまでありがとう」
「いいのよ!それより新一くんは誘わなくて良かったの?」
「えっ?」
新一くんとは蘭さんの好きな人らしい。一応同じ帝丹高校のクラスメイトであるそうなのだが、探偵をしている彼はいつも事件を追っているらしく、一度も姿を見たことは無い。
チケット売り場の前を三人で歩いていくと、中に見えたのは先程の公安を名乗る男性。そして同じくスーツの男性の間に挟まれるようにして見えるのは銀髪の女性。どうやら蘭さんはその女性に見覚えがあるらしく、歩みを止めて中を覗き込んだ。
「何か事件でもあったのかな……?」
話し合うわたし達に気が付いた一人の男性が窓際に近付くと素早くシャッターを下ろす。
「何あれ、感じ悪っ!行こう!」
「ごめん園子、なまえさん、やっぱりさっきの人達が気になるから……」
「折角なんだし、電話してみなさいよ」
探偵の彼ならば、何か分かるかも知れないと蘭さんが電話を掛けているが、彼女は中々本題に入ることが出来ず、あっという間に電話は切れてしまったようだ。
「あいつ……今忙しいとか言ってまた切ったんでしょう?!」
「うん」
「その新一くんって方は本当にいつも忙しい方なのね」
「全く……何処で何をしていることやら」
「それが、ここにいるみたいなの」
その言葉に園子さんもわたしも驚く。どうやら電話口からここの館内放送が聞こえたらしい。すると園子さんはニヤニヤと何かを企むような表情を見せ「問題は誰といるかね……」と呟くと、蘭さんとわたしの手を取って中へと進んでいく。
「さ、浮気現場を押さえに行くわよー!」
「え?浮気?」
蘭さんは慌てたように園子さん止めようとするが、彼女は全く気にせずに奥へと進んでいく。東都水族館を楽しむと言うよりかは、新一くんのありもしない浮気現場を見つけるために中を徘徊することになりそうだと、隣にいる蘭さんに少しだけ同情する。
だが理由は少しだけ変わっているかも知れないが、休日に友人とこうしてテーマパークで遊ぶことが初めてなわたしは少しだけわくわくとしていた。