episode 09
『皆様、大変長らくお待たせ致しました。只今より、水と光のスペシャルショー、ナイトプログラムを行います』館内にアナウンスが流れ暫くすると、花火が打ち上がる。周りの人間が一斉に打ち上がる花火を見上げる中、遠くに見えるのは見覚えのある小さな女の子。何故眼鏡をしているかは分からないが、彼等と一緒に来なかった筈の灰原さんが何かを探しているように辺りを見渡している。
「あれ……?」
「なまえ?どうしたの?」
立ち止まるわたしを不思議に思ったのか、園子さんが振り返る。
「今、灰原さんが見えた気がして……」
「え?何か用事があるって子供達言ってなかったっけ?」
「見間違えじゃない?」
二人はそう言うが、わたしはあの少女が灰原さんであると確信していた。それに彼女は焦ったように周りを見渡しながら走っていた。何かあったのだろうか。
「ちょっと気になるから探してくる。二人は新一くんのこと探してて」
「え、ちょっと……」
なまえも意外と強引なのよね、と背後で聞こえたのはこの際聞かなかったことにしよう。
灰原さんはどうやら観覧車に向かっているらしい。だが入口に差し掛かる瞬間、停電が起きたのか観覧車を含め周りの電気が全て消え、辺りは暗闇に包まれる。
「停電?!」
「おい、水族館は電気が付いているぞ!」
突然の停電に周りの人間は動揺し、キャストが声を掛けるが全く聞こえていない。止める声も虚しく、唯一明かりがついている水族館へ一斉に人が向かう中、灰原さんは人混みの中を抜け、観覧車の方へ走っていく。
「何処に行くつもり……?」
既にだいぶ上まで登ってきており、下からは停電に戸惑う人の声が聞こえる。関係者用の通りへと入り、更に上まで登って行くと、突然激しい音と衝撃が響く。徒ならぬ状況に、わたしは咄嗟に太腿に取り付けているダガーに触れた。一体何が起きている。
すると上の方にチケット売り場で見かけた女性がいることに気付く。一般人とは思えないような動きで下まで降りてきた女性は、灰原さんを見つけると彼女を追った。公安が付いていたということはあの女性にはそれなりの理由がある筈。状況を判断する為にも、わたしは気配を殺して後ろに着いた。
「私を彼等の元へ連れ戻すつもり?!」
「彼等って……組織のこと?……もしかして貴女、組織を裏切ったシェリー?」
その言葉に驚く。彼等とは子供達の事かと思えば、組織にお酒の名前。それだけで決め付けるには早計かも知れないが、最近聞いたばかりの組織名が頭に浮かぶ。
そうなれば裏切り者であるシェリーこと灰原さんは組織に連れ戻される可能性がある。組織からすればそれは必然であり、もしわたしが女性の立場であればそうするだろう。だがボンゴレ側から見てもその組織は悪とされており、灰原さんを守る為にも女性の手から彼女を必ず連れ戻さねばならない。
ふと、リボーンからの忠告を思い出すが、それとこれとは別だ。目の前に救わねばならない命があるのだから。
「さあ、逃げるわよ」
だが女性が告げた言葉にわたしも、そして掴まれた灰原さんも驚きを隠せなかった。
「逃げるってどういうつもり?悪い冗談ならやめてくれる?」
「ジンが来ている……貴女ならこの意味がわかるわよね」
「で、でもどうして私を……」
「分からない。何故助けたかなんて分からない。でも私はどんな色にもなれるキュラソー……前の自分より、今の自分の方が気分がいい……」
さあ行くわよ。と、キュラソーと名乗る女性は灰原さんを掴みあげ、逃げようとする。
「待って、まだ子供達がゴンドラに残っているの!早く助け出さないと……!!」
だから灰原さんは一心不乱に観覧車へと向かっていたのか。目の前の女性のことや、組織のこと、全てを踏まえてここへ来てしまった子供達を止める為に。
何とかして子供達を助けようと、そのゴンドラへ二人が走っていくのを見届けると、突然銃声音が鳴り響き、観覧車に向かって弾丸の雨が降り注ぐ。いよいよ不味くなって来たと、わたしは指輪から微かな炎を放出させ、二人の後を追う。
銃弾が降り注ぐ中、前へと進んでいくが、熱反応でわたし達の動きを見ているのか、少しでも動けば狙われる。すると突然女性は、狙っているのが自分ならば囮になることを告げ、灰原さんから離れるとそのまま遠くへと走り去っていく。
「駄目よ!殺されるわよ!!」
今しか無いと、わたしは気配を殺すことを止めて彼女に近付いた。
「行きますよ」
「貴女っ?!いつから?!」
突然背後に現れたわたしに驚きを隠せない少女はわたしを睨み付ける。
「後でゆっくりと話します。まずは子供達からです」
手を差し伸べるが、灰原さんはわたしを疑っているようで中々手を取らない。埒が明かないと、強引に手を引いて抱き上げれば、彼女はもがきながら声を上げる。
「離して!」
「大丈夫。絶対死なせません。貴女も、子供達も」
その言葉に動きを止め、ゆっくりとわたしを見上げる。彼女をきつく抱え直してから、軽く地面を蹴り隣の通路へと渡った。灰原さんはわたしの普通じゃないその動きに眉を顰める。
「貴女、何者なの……」
答えること無く目的地へと向かう。幸い子供達の所には攻撃は無かったようで、ゴンドラには傷一つ無い。上から扉を開ければ、子供達は一斉に声を上げた。
「灰原さん!なまえお姉さん!」
「みんな、怪我は無い?」
「哀ちゃん……これって何があったの?」
心配そうにする三人に、灰原さんは落ち着いた声で彼等を諭した。
「後でちゃんと説明するから、今は大人しくしてて」
「おう……」
「はい……」
弾丸は未だ止まない。一瞬、花火のようなものが打ち上がったかと思えば、突然ゴンドラが揺れ始め、傾いていくのが分かる。車軸がやられたのかと思わず拳を握った。
最悪の時は匣兵器を出して、ここから脱出するしか方法は無い。だがそうなればマーモンに頼み込んで今日の今だけの記憶を変えてもらわねばならなくなる。最悪に備えて、わたしはポケットに入れてある匣に触れた。
凄まじい音と共に観覧車が傾き、少しずつ前へと進んでいく。車軸から離れた片側の観覧車はどうやら転がり始めてしまったらしい。
「うわぁあ!!」
「掴まって!」
手を伸ばせば子供達がしがみつく。全員を囲むように薄く炎を纏わせ、右手で匣を握りしめた。最悪が来てしまったかと指輪に炎を灯そうとした瞬間、遠くからカンカンと鉄が何かとぶつかる音が響く。
「これでは止まらんぞ!!」
「大丈夫!まだ手はある!!」
大きな音では無かったが、誰かが上を走っていく音と、この観覧車を止めようとする声が聞こえる。瞬間、左腕の中にいた灰原さんが小さく「工藤くん」と呟くのが聞こえた。
「不味い……水族館にぶつかる」
観覧車は転がり続け、そのまま水族館へと一直線に向かっていく。ぶつかる寸前、膨らみ続けるサッカーボールが見えたかと思うと、ボールは水族館の天井へとぶつかり、ゴンドラにも衝撃が走る。揺れ動くゴンドラの中で子供達は声を上げ、何かに捕まろうと手を彷徨わせた。
揺れ動くゴンドラの窓の外にクレーン車が見える。それは迷わず観覧車に向かって走り、先端が観覧車の隙間へと刺さる。そしてその運転席に見えたのはあの時別れたキュラソーと名乗る女性。
灰原さんもどうやらその姿を見てしまったらしく、窓に張り付いたまま一点を見つめていた。そして大きな音が響いたかと思えば、ゴンドラの動きは次第に収まっていく。
「止まったんじゃないですか?!」
「やったー!!」
「きっとコナンくんが止めてくれたんだよ!!」
窓に向かって走り出した子供達が喜びの声を上げた。
しかし灰原さんは尚も動かずある一点を見つめている。あの衝撃は恐らくあのクレーン車が潰れた音だと、わたし達には分かってしまった。