「見たことがない」と返されてしまった。


宿の人に寺子屋について聞いてみれば「見たことがない」と返されてしまった。忍者の寺子屋ならば見つかることが困難な場所にあるのかもしれない。夕餉を食べ、ひいてもらった布団に横になっていると佐江様のお顔が浮かんできた。彼女は民を考えてくれていたがとても重圧に感じていただろう。

佐江様が生きていたら。佐江様が。佐江様が。もしもを考えてばかりでいやになる。今夜はさっさと寝て、明け方に宿を出よう。

「柿、おやすみ」
「ぽー」



明け方、宿屋を出て忍術学園へと向かって歩き続けた。紫黒の言うとおり、なかなか距離があると確信したので早めに出た。

「はぁはぁ…くっ…ここまで坂がきついのは久しぶりだ」
「ぽろっぽぅ」

いくつかの山と川を越え、人も通らないような道が続いた。
柿に道のりを教えてくれるが、なかなか入り組んでいる。

「このあたりかな…ん?」

地図と照らし合わせていると、誰かの足音が聞こえた。誰だ?

この近くには山賊も出ると聞くので、念のため木の上で足音の主が通り過ぎるまで隠れた。

「どこだぁー!!忍術学園はどこなんだぁぁ!!!」

少年が大声で叫びながら何かを探していた。忍術学園と言っていたが、少年はそこの生徒なのだろうか。しばらく少年の様子を見ていると迷子になっているのだと分かった。一度忍術学園について聞いてみたらいいかもしれない。私は木から降りて少年に尋ねることにした。

「あのちょっといいかな」
「どこだぁぁー!!…はい!なんでしょうか!」
「この近くに忍術学園があると聞いたんだが、君はそこの生徒さんかな?」
「はい!学園へのお客さんですか?」
「まぁそうなるかも」
「でしたら私が案内しますよ!!」

胸を張って少年は言った。でもこの少年、迷子になっているのではなかろうか?それだったら聞かない方がいいのかもしれない。

「うーん。有難いけれど、君みたところ迷子だよね?」
「うっ、お兄さんの言うとおりです…」
「やっぱり柿に案内してもらうか」
「柿、ですか?」
「うん」

少ししょぼくれた少年だったがすぐに不思議そうな顔をした。

懐にいた柿に声をかけると「まかせろ」と一鳴きする。少年はやや驚いて「この鳩が案内してくれるんですか?」と言った。

「私の知り合いが貸してくれた鳩でね。忍術学園への道のりを覚えているらしいんだ」
「そうなんですか。でも私になぜ声をかけたんです?」
「迷子になっているみたいだったのと忍術学園について知っているのかなって思ってさ」

柿が案内してくれる道すがら、少年と話した。少年は神崎左門というらしく、忍術学園で学んでいるらしい。神崎君は周囲から「決断力のある方向音痴」と呼ばれるほどの方向音痴なのだという。

「この先を進めば…あれかな?」
「あれです!!あの建物が忍術学園ですよ!」

柿のあとをそのまま従っていけば、忍術学園らしき大きな寺子屋を見つけた。

「お兄さんありがとうございます!!」
「こちらこそ。柿、紫黒のもとに戻って平気だ」
「ポー」

柿を何回か撫でてやると飛んでいった。

「苗字さん、こちらですよー!!」

神崎君が手を振って呼んでくる。いつの間にか、門のところまで行ってしまっていた。方向音痴といえど、門の入り口は分かっているのだな。しかし大きすぎてわかりにくいな、ここ。学園の入り口を通ると、すぐに若い男性が走ってきた。それはもう獲物を見つけた猛禽類のようだった。

「こちらの入門表にサインをお願いします〜!!!」
「は、はい」
「小松田さんこんにちはー」
「おやぁ、神崎君。富松君が探していたから早く行ってあげたほうがいいと思うよ〜?」
「やべっ。また作兵衛に怒られる!!苗字さん、じゃあ!!」
「じゃあね」

あわてて走っていく神崎君を見送り、入門表にサインをする。

「これでいいでしょうか?」
「はい!苗字さん、学園長先生にご用件ですか?」
「ええ」
「多分庵におられると思いますから僕が案内しますね〜!!」
「ありがとうございます」


事務員の男性は快く案内をしてくれた。
彼に従って歩いていると、いきなり彼が消えた。周囲を見渡していると下から声がした。

「苗字さぁぁぁん!!助けてください」
「事務員さん?どうしてそこに…」
「綾部君が作った落とし穴に引っかかってしまったんです!!ちなみに僕は小松田秀作と言います!!」

「綾部君」とやらがどんな人物かわからないが、なかなかの深さのある落とし穴を作ったらしい。小松田さんが小さく見えるほどだ。あと、私が彼の名前が分からなかったのを感じ取ったらしく、急いで自己紹介された。ここで自己紹介する余裕はないだろうけど、名前を教えてくれてありがとう、小松田さん。

「今縄梯子を投げますから待っててください」
「ありがとうございます〜〜!!!」

とりあえず、今は小松田さんを救助するのが最優先だろう。縄梯子を彼に向かって投げるとゆっくりと小松田さんが上がってくるのが分かった。少し泥だらけになっているが怪我はなさそうだ。

「大丈夫ですか?」
「苗字さんが助けてくださったので大丈夫ですよぉ。じゃあ学園長先生のもとに向かいましょうか」
「お願いします」

案内してもらう途中、小松田さんは落とし穴に何回か引っかかりそうだったので、ついには私が先頭を歩くことにした。いつまでも落ちていられちゃ心臓が持たない。

ようやく大川さんがいる庵までたどり着くころには、精神的に疲弊していた。小松田さんはいつものことなのか、ケロリとしていたけど。

「学園長先生いらっしゃいますかー」
「おるぞ、小松田君。何用かね?」
「学園長先生にお客様です」
「入りなさい」
「失礼いたします」

ふすまを開けると真っ白な髪の毛のおじいさんと犬がいた。おじいさんは犬と小松田さんに何かを頼むと、私に座るよう促した。

「紫黒君からの手紙に載っていた、苗字殿じゃな?」
「はい。苗字名前と申します」

「わしは、この忍術学園の校長をしておる大川平次渦正じゃ。紫黒君から話を聞いておると思うが、事務員の一人が腰を痛めてしまってな。苗字殿には、彼のその不在の間を事務員として雇いたい」
「ありがとうございます」

良かった。働き口ができた。内心ほっとしていると、先ほどの犬と小松田さんが入ってきた。
犬は器用に前足を使って、お茶を渡してくれた。

「お茶をお持ちしましたぁ」「ヘム」
「うむ。さ、苗字殿も飲みなされ」
「いただきます」

いい香りのする煎茶だ。苦味はなく、あっさりとしていて飲みやすい。

「美味しいです」
「ヘムヘムが目利きしたんじゃ」「ヘムー!」

ヘムヘムと呼ばれた犬は誇らしげに胸を張った。人間に似ているな、この犬。


「少しだけ苗字殿についてお聞きしたいんじゃがよろしいか?」
「かまいません」
「紫黒君からの手紙に城仕えをしていたとあったが」
「はい。こちらに伺う前は真赭城という城にて仕えておりました。しかし、先日他国の城に攻め込まれ落城。事務仕事は初めてですが実戦経験はある方だと思います」
「なるほど。ならば、苗字殿は忍としての経験も豊富なようじゃな。もし余裕があれば、わし達からも仕事をお願いするかもしれん」

城仕えをしていた時のようなものか。紫黒から聞いた話では大川さんはご隠居された身であるが、絶えず暗殺者などもやってくるらしい。それらを対処しろということなのだろう。

「承知しました」
「うむ。よろしくお願いする。さて苗字殿、昼餉はまだかの?」
「ええ、朝方に宿を出て歩いてばかりいましたので」
「それなら食堂のおばちゃんの料理を食べなされ」
「いいのですか?」

「なに。一日でも学園を慣れてもらえたらと思ってな。丁度先生方もいらっしゃる。一緒に食堂に行かぬか?」

いたずらっこのような笑みで大川さんは、学園長は仰った。