全ての授業が終わり、おやつの時間を過ぎた放課後。まだちらほらと生徒が残っている中、教科書とプリントと睨めっこしているのはこの私。

何故かあまり喋ったことのない女子から「バイバイ!」と声を掛けられることが多くなった気がする。驚きながらも手を振り返して、渚に何でかな?と聞いてみればふわりと笑って「理乃ちゃんがいい子だからだよ」と言われた。そんなわけないんだけど。

渚も今日は用事があるらしく、一緒に帰られないことを謝られたが渚は全く悪くない…。気をつけてね、と渚にも手を振り背中を見送った。

どれほど集中していたのか、派手な音を立てて開いた教室のドアに飛び跳ねる勢いで揺れた肩。


「あぁ、すみません。驚かせてしまいましたか」

『びっ、くりしたー!…殺せんせーか』

「熱心に勉強ですか?」

『ん、数学をちょっとね』


プリントと睨めっこしていれば、目の前の椅子をこちらに向け座る殺せんせー。アドバイスをくれ、もう一度問題を考える。


『あー……こうか!こうだ!こうでしょ!』

「はい、正解です」

『わーー、ありがとう殺せんせー!この問題だけ分かんなかったんだよね』

「それは良かった。ところで黒咲さんに質問があるのですが…」


触手を顎に当て、座り直す殺せんせー。何を聞かれるんだ、ちょっと怖いよ。


『全然大丈夫だけど、なんでしょう』

「……黒咲さんは二年生の時、不登校だったと聞きました。けれど今はきちんと登校してくれています。遅刻もほぼありません。それはとても嬉しいことなんですが、二年生の時の話を伺っても?」

『…………笑わない?』

「えぇ、決して笑ったりしません」

『…朝起きるのが苦手なんだ。だからあの時はずっと寝坊「本当のことをお願いします」……んー、バレたか。まぁ、朝が苦手っていうのは本当だよ』


前髪をかきあげ、ぐっと背伸びをする。ずっと猫背だった背中からはポキと骨の鳴る音。溜めていたように勢い良く息を吐き出して、殺せんせーの目を見つめた。
同じように私を見つめる殺せんせーの瞳は真剣で、心が揺れる。言ってもいいのかな?いい、よね……喉元まで出てきていた言葉が、詰まる。不自然に開いた唇からは結局、ため息しか出なかった。何も発せられないまま閉じる。


『……ごめんなさい、言えません。まだ…言いたくない。私、正直先生が嫌いなの』

「にゅやっ!?」

『あ、いや、殺せんせーは好きだよ。先生っていう肩書きの大人が嫌いなのかな。あー、嫌いっていうよりは信じられない、の方が強いかも』

「そう、でしたか。すみませんでした、辛いことを聞きましたね」

『ううん、ごめんなさい。話せるようになったその時は、先生聞いてね』

「もちろんです。さぁ、そろそろ下校時間です。気をつけて帰りなさい」

『……ありがとね殺せんせー。あのね、私このクラス、E組になって初めて学校が楽しいって思えるようになった!初めて先生っていう人を信じられそうな気がするんだ!じゃぁ、また明日!』


荷物を纏めて、殺せんせーに向かって手を振る。笑って振り返してくれたことが嬉しくて、また笑みを零す。少し歩いたところで、メールを見ようと携帯を開けば何件か受信されていた。
そこにはなんとも懐かしい名前があった。


『赤羽、業……』


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