バンッ!


そう、突然響いた音にぼーっとしていた私は見事に肩を揺らした。良かった、一番後ろの席で…とはいえ何事か。


「…中村さん、暗殺は勉強の妨げにならない時にと言ったはずです。罰として後ろで立って受講しなさい!」

「………すいませーん…そんな真っ赤になって怒らなくても」


音の原因は中村さんで…奇襲、を仕掛けたにも関わらずあの先生は綺麗にチョークとチョークで挟むように、中村さんが打った弾を止めていた。


やっちゃったーと言いたげな表情で後ろへと歩いてくる中村さんに、私も苦笑を零す。先生、黒板に文字書いてたはずなのに簡単に受け止めた。本当に何者なんだろ…。


まあ、そんなこと考えたって私に分かるはずもないけどさ。今度こそ授業に集中しようと、襲ってくる眠気に頭を軽く振り、ノートに綴った。



◇◇◇



鳴り響いたチャイムと共に、先生は大きめの封筒を抱え、物凄い風圧を残して中国へと麻婆豆腐を買いに飛んで行った。それを呆然と見つめながら弁当を持って、渚の元へと向かう。


『渚ー、ご飯食べよー』

「そうだね、お腹空いたよ」

『…渚またパンなの?そんなんだから細いんだ!栄養偏るよ!』

「あはは、ありがと理乃ちゃん」

『ん、卵焼きとハンバーグあげる』

「え、いいよ!理乃ちゃんの無くなっちゃうよ」

『うるさい、黙って食え』


おもむろに差し出した卵焼きを口元に持っていき、食べるまでそのままにしとく。慌てていた渚だったが、私が折れないと分かったのか小さく「いただきます…」そう言って食べてくれた渚は本当に女の子みたいだ。言ったら怒られるから黙っとくけどさ。


『……ねぇ、あの先生、おもしろいよね』

「おもしろい?」

『うん、思わない?だって普通じゃないのに、普通に先生してる。なんで先生してんだろ』

「あー、僕も思った。僕ら、普通と少し違うのに」

『私は、「…おい渚、ちょっと来いよ」 ッ!』


なに、このジャイアンみたいなやつ。誰こいつ!人が話してんの分かんないの!さすがジャイアン!しかも何!めっちゃ悪い顔してるんだけど!


『あの、まだ食べてるんだけど』

「いいよ、理乃ちゃん!ごめん、少し待ってて?」

『え、あ…うん、分かった』


申し訳なさそうに眉を垂らす渚を見れば、何も言えなくなって、ジャイアンに着いて行く後ろ姿を見送るしかなかった。結局、渚が戻ってきたのは昼休みが終わる五分程前で、謝り倒された後、浮かない顔をしたまま残りのパンを食べ終わってしまった。


何も聞けずじまいで自分の席へ戻り、始まった短歌の授業は、ラスト七文字を「触手なりけり」で締めろなどと無茶ぶりを受け、三秒でヤル気を削がれてしまった。
そんな言葉初めて聞いたよ、触手先生。なぁーんにも思い付かないや。ペン回しをして遊んでいると高い戸惑う声が教室に響いた。


「先生しつもーん、今さらだけどさぁ、先生の名前なんて言うの?ほかの先生と区別する時、不便だよ」


……確かに。確かにかなり不便だな、職員室とかで先生って呼んだら皆振り向いちゃうよ。え、私らで名前付けちゃっていいの?名乗るような名は無いからっていいものなの?え?……んん、タコ先生……、黄色先生…?いや失礼すぎるダメダメ。というかセンスの無さにビックリだよ。


やめた。課題…考えよう。まあ、無理だけどね!ていうかこんなの出来る人いるの?絶対無理で


『渚……?』


突如見計らったかのように、ゆっくりと立ち上がった華奢な彼の後ろ姿はなんだかいつもと違くて、チラと見えた対先生用ナイフで全てを悟った。


『(なんで、突然どうしたの渚…)』


そうは思っても、どんな暗殺をするのか気になってしまい目が離せない。先生の目前まで歩いた渚は、すぐさまナイフを振りかざす。だが、当然先生は簡単に受け止め「もっと工夫を」と伝えた。

その、次の瞬間、渚は…ふわ、と先生に抱きついた。嫌な予感が…した。


小さな教室に、大きく響いた爆音。飛び散る何百もの特製弾、浮かない顔してた理由はこれかよッ!!!


『渚ッ!!』


狭い教室を、邪魔な机を避けて行ったそこには、横たわる渚。ドク、と一際大きく鳴った心臓に渚に触れようとする手が声が震える。……、?なに、こ、れ…膜……?


「オモチャの手榴弾だよ。ただし、火薬を使って威力を上げてる。三百発の対先生弾がすげぇ速さで飛び散るように」

『あんたッ、何考えて!!!』

「あぁ?うるせぇな。人が死ぬような威力じゃねーよ。俺の百億で治療費ぐらい払ってやらァ」

『ふざけないでよ!!卑怯なやり方しやがって臆病者が調子に乗ってんなよッ!!!』

「っう…理乃、」

『っ!渚!!?!』


何かの膜に覆われた渚は、ゆっくり上体を起こしこちらを伺う。すぐさま駆け寄り怪我は無いかと問い詰めると、どうやら無傷のようだ。良かった、本当に、よかった


「実は先生、月に一度ほど脱皮をします。脱いだ皮を爆弾に被せて威力を殺した。つまりは月イチで使える奥の手です」


頭上から聞こえたその声は、いつもよりとても…とても低くて背筋から嫌な汗が伝う。天井に張り付いていた先生の顔色は、見たこともないくらいにどす黒い色をしていた。

怒ってるんだ。すごく怒ってる。


「寺坂、吉田、村松。首謀者は君等だな」


そう言い残し先生は姿を消したかと思えば、すぐさま戻ってきた。だが、両手いっぱいに抱えているそれは、ゴト、鈍い音を響かせ落ちる"表札"。

消えた一瞬で私達クラスの表札を奪ってきたのか。怯えた寺坂は泣きながらに自分は悪くないと。迷惑なやつに迷惑な殺し方をして何が悪いんだと、そう訴える。すると先生はガラリと表情を変え「迷惑など、とんでもない」拍子抜けな言葉を発した。

そして渚の頭に手を置き、自然な体運びは百点だと褒める。


「ただし!寺坂君達は渚君を。渚君は自分を大切にしなかった。その為に渚君は黒咲さんを心配させました。そんな生徒に暗殺する資格はありません!
人に笑顔で、胸を張れる暗殺をしましょう!君達全員それが出来る力を秘めた暗殺者だ。暗殺対象である先生からのアドバイスです!」


…私は、思った。なぜこの先生は、標的なんだろうと。なぜこの先生は、悪者になっているのだろう、なぜ…この先生は、地球を爆破させようと、私達に殺させようとしているのだと。ただ純粋に、そう思った。


殺せない先生だから「殺せんせー」と名付けられ、今日も私達を不思議でおかしな胸の張れる暗殺者へと導く授業が始まります。


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