広いグラウンドにポツリと、俯いて座っている後ろ姿は明らかに落ち込んでいて何とも言えない気持ちになる。見てしまった杉野くんの姿に、無かったことに出来るほど私も腐ってはなくて戸惑いながらも近づいた。


『…やっほー、杉野くん。こんなところで何してんの』

「おー、黒咲さん。そっちこそ、どうしたんだよ」

『や、……落ち込んでる背中が見えたので、』

「ハハ、さんきゅ」

「磨いておきましたよ、杉野くん」

『うぁッ!!』


二人の間に突然現れたのは、ハンカチに包まれた野球ボールに対先生弾が埋め込まれた杉野くんのボールで、殺せんせーは笑顔で返す。


『…えっと、殺せんせー?』

「何食ってんの?」

「昨日ハワイで買っておいたヤシの実です。食べますか?黒咲さんもいかがです?」

『いや、私はいいです(普通、飲むでしょ…)』


私達の隣に腰を下ろした殺せんせーは、座りざまに昨日の杉野くんの球を褒めた。それに対し本人はボールを上に投げながら「俺の速球で当たるはずねー」と、嘆いた。


『杉野くんって、野球部だったりする?』

「あぁ、前はね」

「前は?」

「部活禁止なんだ、この隔離校舎のE組じゃ。成績悪くてE組に落ちたんだから…とにかく勉強に集中しろってさ」

「それはまた、ずいぶんな差別ですねぇ」


あぁ、そういえばそんな説明、元担任から言われたな。元々、帰宅部だったしアイツの話す内容なんて右から左状態だったから忘れてたや。

大きく、ボールを上に投げた杉野くんは「もういいんだ」と小さく呟いた。けど私には…そうは聞こえなかった。だって杉野くんの顔に書いてある。全然良くないって。


『本当にもういい、だなんて思ってたらあんなに落ち込んでないよ。今を含めて、ね』


落ちてきたボールを横から奪い、まじまじと見つめる。これ作るの大変だっただろうな、でもきっと楽しんだんだろうな。渚に殺せんせーの事を聞いていた時の杉野くんは、すごく輝いていたもの。


『本当に諦めてたら、このアイディアもきっと浮かんでない』


でしょ?そう笑顔でお手製ボールを渡す。視界に映った殺せんせーの表情はこれでもかというほど、ニンマリとしていて、


「黒咲さんの言う通りです。杉野くん、先生からアドバイスをあげましょう」


何を言ってくれるのかと期待したのもつかの間、杉野くんの手に足に全身に触手を這わせては、杉野くんを持ち上げて数十本の触手をグネグネと絡ませていた。


「思ってたよりからまれてる!!」

『こ、殺せんせー!?』

「何してんだよ殺せんせー!!生徒に危害加えないって契約じゃなかったの!?」


どこからともなく現れた渚の質問を無視して、未だに杉野くんの体を触手で弄っている殺せんせーは満足したのか、やっと口を開く。


「杉野くん、昨日見たクセのある投球フォーム。メジャーに行った有田投手をマネていますね。でもね、触手は正直です。彼と比べて君は、肩の筋肉の配列が悪い。マネをしても彼のような豪速球は投げれませんねぇ」

「な…なんで先生にそんな断言出来るんだよっ…」

『…渚……』

「きのう本人に確かめて来ましたから」


私達の目の前に広げられた英語だらけの新聞紙。そこには野球のユニフォームを身にまとった投手が、杉野くんと同じように触手で全身を弄られている写真がデカデカと載っていた。

そして次に殺せんせーが出してきたのは「ふざけんな触手!!」と書かれた色紙。


『…ふ、あははっ!!…なに、それ。書いてくれただけでも有難いくらいだよ殺せんせー、ふふ』

「本当だぜ。…にしても、そっか、やっぱり才能が違うんだなぁ「一方で」、」

「肘や手首の柔らかさは、君の方が素晴らしい。鍛えれば彼を大きく上回るでしょう。弄り比べた先生の触手に間違いはありません。才能の種類は一つじゃない。君の才能に合った暗殺を探して下さい」


そう言い残しクルリと方向転換して、校舎の方へと向かう殺せんせー。…昨日言ってたスポーツ観戦って、杉野くんの、ため?たった一日で、殺せんせーは杉野くんが悩んでいること見抜いてアドバイスするためにニューヨークまで?


『……先生!!』


渚も気づいたようで私が走り出した直後に後を追うように走ってくる。側まで来ては、渚が私の疑問をそのままぶつけてくれた。


「もちろん、先生ですから」

『…普通の先生は、そこまでしてくれないよ。まぁ、あの方法は殺せんせーにしか出来ないけどさ…。ねぇ、貴方はどうしてあそこまでするの?一年後には地球を消滅させるんでしょ?』


私の目を、渚の目を交互に見つめた殺せんせー。口元は笑っているのに一瞬空を仰いだ殺せんせーの瞳は、酷く悲しい、何かを想うような、そんな印象を持たせた。


「先生はね、黒咲さん、渚くん。ある人と約束を守るために君達の先生になりました。私は地球を滅ぼしますが、その前に君達の先生です。君達と真剣に向き合う事は…地球の終わりよりも重要なのです」


先程の表情が嘘のように、殺せんせーはいつものニンマリ顔で渚の持っていた課題をほんの数秒で終わらせた。


「そんな訳で君達も、生徒と暗殺を真剣に楽しんで下さい。ま…暗殺の方は無理と決まっていますがねぇ」


そう言い残し、今度こそ校舎へと入って行った殺せんせー。渚と顔を見合わせて笑顔を浮かべた。あの人は本物の先生だ。あの先生と一緒。私の大好きな、あの先生と…。

……殺せんせー、貴方は本当に貴方の意思でこの地球を滅ぼすんですか?


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