嫌な匂い



気分も変えたPM.16:27
朝食も昼食も済ませ、今日はどこの酒場で踊らせてもらおうか散歩がてら、街を歩きながら悩んでいた時だった。


「……ノーラ、ちゃん?」


懐かしい声が、私の耳に届いた。振り向き、名前を呼んだ人物を確認すれば思わず溢れた笑み。考える間もなく体はその人物に飛びついていた。


「テイサーさんッ!!」

「お、っと……久しぶりだね、ノーラちゃん!今日も元気そうだ」


私よりも背が高くてガタイのいいテイサーさんは、簡単に私を受け止めた。まさかこんな所で会えるなんて、思ってもみなかった。気持ちをそのまま言葉に表せば、私もだよ。と微笑む。


「今日の仕事場探しかい?」

「はい、何処でさせていただくか悩んでたんです」

「だったら、私の基地へ来るといい。はずませてくれ。良ければ食事も」

「な、そんな!テイサーさんにお金なんて払わせられませんよッ!」

「食事なんか、何を盛られるか分かんねぇぞノーラ」

「ラティ!!」


私の声に、フン、と顔を背ける。ラティの警戒心が人以上に強いのは分かってるけど、テイサーさんに対してはいつになっても解けない。ポケットに手を突っ込んで、舌を出したラティにもう一度制止の意味込めて名前を呼んだ。


「ごめんなさい、テイサーさん……」

「はっはっは!いいんだ。ご主人様を守っているんだね。でもラティ君、安心してくれ。私がノーラちゃんを傷つけなんてしないさ」

「……どうだか。お前は嫌な匂いがする」

「もう!!ラティってば!」

「あはは、困ったなぁ。警戒を解かなくては……。ノーラちゃん、今晩食事どうかな?ラティ君との距離も縮めたい。久しぶりに君の踊りと歌声も披露してくれ」

「……そう言われちゃ、断れないじゃないですか。ただし、代金は決して頂きません」

「君もなかなか頑固だなぁ。分かった、豪華な食事を用意して待ってるよ。今夜七時頃に、宿へ迎えをよこすよ」


私の頭を優しく撫で、テイサーさんは踵を返す。手を振る後ろ姿に軽くお辞儀した。そしてラティへと向きを変える。何を言われるか分かったような表情のラティは、また顔を背けた。


「ラティ。テイサーさんは、私を救ってくれた人なのよ?」

「知ってるよ。見てた」

「じゃあ、どうして?」

「言っただろ。嫌な匂いがするんだよ」


嫌な匂い……か。思わず溜息を吐けば、ピクリと反応したラティの獣耳。少し眉根を寄せ、襟足を弄り出すのは、私を怒らせたいわけじゃないが自分は納得いっていない。そんな気持ちの時の癖だ。


「ラティを疑ってるわけじゃない、でもあの人は私にとって恩人なの。お願い、分かって?」

「…………ごめん……なさい」


長い長い間を空けて呟いた謝罪の言葉に笑い、黒い毛を撫でてやる。私よりいくらも背が高いのに、なんだか小さな子供みたいだ。……そういえば、昔もサラサラの黒髪をよく撫でていた、ような?いや、気のせいか。

思考を振り払い、準備の為に宿へ戻ろうとラティの腕を引いた。



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