さくらんぼのヘタ/フラン
「ラズアちゃん、これさっき部下から貰ったんだけど食べる?」
ふいに冷蔵庫から取り出したソレは、真っ赤なみずみずしいさくらんぼだった。
『やった!食べる食べる!私さくらんぼ好きなの!ありがとうルッス!』
ソファーから立ち上がり、イソイソとルッスに近づいてはさくらんぼの甘い匂いを嗅ぐ。私の動作を見ていたルッスは「本当に好きなのねぇ、用意するから待ってて」とニッコリ笑った―――
『〜〜っ、美味しいっ!』
見た目通りみずみずしくて、めちゃくちゃ甘い。そういえばさくらんぼなんて何年ぶりに食べたっけ。後で部下の方にお礼言わなきゃな。
何個目かのさくらんぼを放り込み、プチとヘタを取った。…あ。
『ねぇ、ルッス。このヘタ、舌だけを使って結べる?』
「あらん、急にどうしたの?」
『ソレが出来たら、ちゅー上手いって言われてるんだよねー。私三時間くらいずううっとやってたけど、出来なかった』
「…貴女、負けず嫌いだものね……」
三時間って聞いたルッスの表情は少し引きっつていた気もするが、まあ、キニシナイ。くるくるとヘタを回して遊ぶがソレを、ん、と目の前のルッスに渡した。
「やったことないから出来るかしらン……、…意外と難しいわねぇ……あら、出来たわ」
『はやッッ!!ちょ、え、嘘でしょ!?』
舌を出したその上に乗っている、綺麗に結ばれたヘタを思わず身を乗り出して凝視していた。早すぎ!難しいって言ったって一分も経ってないじゃん!くっそう、前挑んだのは数年前だし、出来るようになってるかもしれない!………というか、
『…ルッス、ちゅー、上手いんだ…』
なんだか、知りたくはなかったなぁ…。当の本人は意味深に、んふふっなんて笑ってるし。まぁいい、やってみようじゃないか。わりと長めなのを選んでそっと口に含む。
『……、…ん〜…ん!……んー?…』
…ダメだ出来ない無理。いいとこまではいくけど、やっぱり難しい。くそぅ、出来るヤツらはどんな舌遣いしてんだよまったく。どう頑張っても出来ないし、あ!あ、出来そう!…いや無理。ああああ、本当難しいんだけど!!
「…必死に口動かしてラズア先輩何してるんですかー?」
『ッッ!?』
突如私の背後から、カエルの目がドアップに現れたもんだから悲鳴の一つも忘れて本気でビビった。いつ来たこいつ!全然気づかなかった!!
『い、いつ来たの、フラン…』
「ついさっきですよー」
そう言いながら隣に座り、驚く私をよそに「いただきまーす」と彼はさくらんぼを口にした。それを見たルッスは何故かニヤニヤしながら「私はもう部屋に戻るわねン!」と早々に出て行ってしまった。
「…へぇ。たまにはオカマも空気読めるんですね」
『何の話だ』
「いえ別にー。で、さっきから何してるんですー?」
私のほっぺを何度かつついて首をかしげたフランに、舌を出して見せた。その瞬間に歪むフランの顔。
「……ヘタなんて食って頭、大丈『違うからね?』…ですよねー。あービックリしたー」
『フランも知らない?ヘタを舌だけ使って結べたらちゅーが上手いんだってさ』
「ふーん。それでさっきから口動かしてたんですねー」
『ん……もう…五分以上、…やってんだけど……あー、出来ねー。無理疲れた』
格闘の末、曲げたり折ったりしたボロボロのヘタを別の皿に捨てる。そして新しいさくらんぼを掴みヘタだけを取り、フランに渡す。あからさまに嫌そうな顔をしたフランだが、少し何かを考える素振りを見せたかと思うと口を開いた。
「ごびょ…いや、十秒以内に出来たらラズア先輩にちゅーしても、いーですかー?」
『ナニヲイッテイルンダキミハ』
「よーし、ミー頑張っちゃうぞー」
『いや良いって言ってないし!……ふっ、十秒とか出来るわけ……、いやいや……ないよね?』
無言になったフランを恐る恐る見ると、ニッコリと笑ってヘタを口に入れた。…1、2…3…4、5……ふいに、ニヤリと口元が弧を描く。その直後に出てきた赤い舌の上には……
『うそ……』
「出来ちゃいましたー」
『……い、いやいや!幻覚!幻覚でしょ!』
私の言葉にキョトンとしたフランは、結ばれたヘタを皿の上に置きゆっくりと被り物を外した。ふわっとシャンプーの甘い香りが私の鼻腔を刺激する。そしてまたゆっくりとした動作で無言のまま、覆いかぶさってくる。
ソファーに座ってる私は勿論逃げ場など皆無なわけで、おまけに顔のすぐ横にはフランの腕が見えるわけで、私の足を跨いで膝立ちの少し高いフランから、目が…離せない、わけで……
『ふ、ふら…ッ』
最後まで、フランの名前を呼ばせて貰えなかったのは鼻先まで突然に距離を縮められたから。ドキリと心臓が一際大きな音を立てる。ふっと、笑ってフランは私の頬を優しく撫でた。
「幻覚かどうか、試してみます?」
『っぁ、…!』
軽く甘噛みしながら、ゆっくりと舌先で首筋を刺激され、電流が走ったような感覚に陥り思わず声が漏れる。
あまりの恥ずかしさに顔を背けていたが、顎を掴まれ優しくフランに前を向かされた。そして唇が重なる―――
小さなリップ音を響かせながら、フランは何度もキスをする。時折、上唇をチロリと舐められ期待から口を薄く開いてしまうが尽く弾かれてしまう。
『は、っ……う、そつ、き』
睨んだところで、私の反応を楽しんでるフランは目を細めるだけだった。鼻で軽く息をしているが、フレンチキスといえど、こうずっとされていては苦しくなるもので、
フランの胸を押して、少し俯いて呼吸を整えようとした途端、顎を持ち上げられ触れ合う唇。簡単に許したフランの舌。
『んんッ……んぁ…』
いつの間にか顎にあった手は、逃がすまいとでも言うように後頭部に移動していて、キスをしているだけなのに、たまにビクと反応する。…きもちい、頭がぼーっとしてくる。年下のくせにどこでこんな…こんな舌遣い、覚えたんだよ…
『ん、…んぅ…は、……ん、ぁ』
強弱をつけたり、舌を吸われたり、角度を変え何度も口内を犯される。どれだけこうしていたのか分からないほど、私はフランのキスに弄ばれていた。舌を吸われながら唇が離れていったときには、私は肩で息をするほど消耗させられていたのに
当の本人は息一つ乱れていなくて、
「どーでしたー?その様子だと、幻覚じゃないことは分かって貰えたみたいですねー」
『っ…は、うる、っさい……ほん、と、…うるさい…』
息が乱れすぎて、まともに喋ることもままならない。10秒クオリティ恐ろしすぎる。
「にしても先輩…ちゅー下手くそですねー」
『うるさいわよ!!アンタが上手すぎんの!!』
「あ、上手いって認めてくれましたねー。ミー嬉しいですー」
『っ、あー、もう!!〜〜っ気持ち、よかった……で、す…』
恥ずかしくて手の甲で口元を隠すが、その手をフランに奪われ、そのまま彼は耳元でいつもより低く囁いた。
「ラズア先輩可愛すぎるんで、今すぐ襲ってもいいと思うんですよねー。…いただきまーす」