if 銀魂




無我夢中で走った。込み上げてくる猛烈な吐き気を飲み込んで、乱れて破けた着物を握りしめて。


『はっ、…はぁ、っ……!!』


息が切れても足がもつれても、それでも走った。足が鉛のように重くなったところでやっと止まる。壁に背をつきズルズルと崩れ落ち、浅い呼吸を繰り返した。走りすぎたせいか口の中は鉄の味がして、頭が痛い。


『…なんで、』


どうしてと問うた所で、返事など返ってきやしない。情けないやら悔しいやら悲しいやらで、涙よりも乾いた笑いが零れた。私が何をしたってんだ。何もしてない、ただ我武者羅に生きてきただけ。


『なんで、生きてんだっけ…?』


生きる理由を探せど出てくることもなく、かと言って自ら死ぬ勇気など微塵も持ち合わせていない。だったらまた足掻いて生きるだけじゃないか。聞こえてきた足音と声に舌打ちを零し、体に鞭打って立ち上がり、走る。

後ろを振り返った瞬間に、ぶつかった。


『ぅあ、……す、みませ、大丈夫ですか…!!』


先程よりも近づいた私を探す足音と声。ハッと後ろを見るが、まだ見つかっていないようでホッとつく。


「お前さん…!……来な」


突然腕を引かれ、入った扉の先は飲み屋のようだった。扉を閉めて息を潜めること数秒。バタバタと通り過ぎて行った足音に今度こそ心落ち着かせる。

床に正座し、そのまま頭を下げた。


『見ず知らずの私を匿っていただき、誠にありがとうございます。今日ここで起こったことは無かったことにして頂けますか』

「……やめてくれ、頭上げな。腹減ってないかい?残り物でよければ作ってやるよ」


思わず顔を上げた。困ったように笑った女の人は「椅子に座んな」そう言ってカウンターへと入って行った。助けてもらってなんだが、お人好しにもほどがある。

何かに追われてる見ず知らずの女を助けた上に、飯を作るだなんて。だが体は正直なようで腹の虫は鳴る。あぁ、お腹空いてたんだ私。

椅子に座り、出てきたおにぎりと温かそうな味噌汁。いただきます、なんて人に言ったのは何年ぶりだろうか。いただきますに返事が返ってきたのは何年ぶりだろうか。


『……おい、し』

「そりゃあ良かった」


涙は自然と出てきた。ボロボロと幾度なく溢れてきて、号泣しながらも味噌汁とおにぎりを完食した。人が作るご飯はこんなにも美味しかったんだ。


「お前さん行く宛あるのかい」

『え、……や、えっと』

「ないならどうだい。ここで働かないかい?人手が欲しいんだよ」

『……あの、本当にいいんですか。こんな見ず知らずの女』

「アタシがいいって言ってんだ。それ以外に理由がいるか?」

『でも、私、その…家が、無くて』

「あぁ、それならこの上を使うといい。家賃安くしとくよ」


なんだこの突然の至れり尽くせりは!?色々上手く行き過ぎて逆に怖いんだが!けど、さっき足掻いて生きるって決めたばかりだ。こんな良い条件飲まない他ない。私は目の前の恩人に宜しくお願いしますと、頭を下げた。

お登勢と名乗った恩人は何も聞かず、今日は早く寝な。そう言ってお登勢さんのお古の着物まで頂いた。

布団の中、午前1時36分。こんなに安心して眠りにつけるなんて思いもしなかった。多分私の一生分の運を使い果たしたな。だんだんと重くなってきた瞼に抗わず、ゆっくりと目を閉じた。

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