「ここ、だよね?」
誰に問うでもないが、出てきた不安は思わず口に出てしまう。だって地理は苦手だもの。そんな私に呆れたように、アンが私の背中を小さな体でそうだから早く行けと応えるかのように押した。
「わかったわかった!早く行こう」
建物に入り、進んで行けば目的地は合っていたようで聞き慣れた声を耳が拾う。
「お前…本部の場所は知ってるよな?俺のゴーレムを代わりに置いてってやる。そろそろあいつも来るし、コムイという幹部にも紹介状を送っといてやるから……目が覚めたら出発しろ」
「まさかバックれる気ですか、師匠!?」
嫌な言葉に足を早め、目に飛び込んだ光景に声を荒らげる。
「クロス!?」
裏返ってしまった私の声を一瞥したクロスは、お構い無しに言い放った。
「俺、あそこキライなんだよ」
振り下ろされたトンカチは、美少年の側頭部へと一直線に吸い込まれた。鈍い音を響かせ倒れた美少年に、心でごめんと呟き両目を覆い溜息を吐き出した。
そそくさとバックれる準備を始めたクロスの元に、アンは飛んで行き少し戯れこちらへと戻る。
「何してるのよ、クロス……」
「見ての通りバックれる支度だ」
「アレンのことよ!」
「心配せんでも、このぐらいじゃ死なん」
「死なれたら困るし、そういう事じゃないわよ!!」
ったく、何年経ってもムチャクチャなのは変わらないんだから!あの時だって、ああそう五年前の、あの、ってダメダメ思い出したらキリがない。この人と居るとろくな事しか起きないんだから。まぁ、でも、楽しかったな……あぁ、そう言えば私育ての親に何も言ってない。
じっと紅くて長い髪を見つめるが、鼻奥がツンとしてそっとクロスから視線を逸らし、泣くまいと深く頭を下げた。
「クロス元帥、私をここまで育ててくれて本当にありがとうございました」
その瞬間に音はピタリと止み、代わりに足音が近づいてくる。ふわ、と香ったクロスの匂いが更に涙腺を刺激する。
「ほーう、随分可愛いことしてくれるじゃねぇか」
優しく掴まれた顎は、そのまま上へと持ち上げられた。涙で濡れた私の瞳を見て、いつものニヤリとした表情から驚きへと変わる。考えるよりも先に、体がクロスへと抱きついていた。
「……おいおい、何泣いてんだ」
「泣いてなんかないわよ、ばか言わないで」
「そうかよ」
頭を撫でるクロスの手があまりにも優しくて、また涙が溢れる。それが悔しくて顔を埋めれば、タバコとクロスの匂いが鼻いっぱいに広がった。
「クロスが師匠で良かった、クロスと出会えて良かった」
「……ガキは嫌いだったんだが、良い女になったな。離すのが惜しい」
「あは、そりゃどうも。ねぇ、クロス?」
「あ?」
「……んーん、ヘマやらかして死ぬなよ!」
「あのなァ、寝言は寝て言いやがれ」
一度私を抱きしめたクロスは、じゃあなと頭を数回叩き部屋を後にした。髪や服に少し移った懐かしいタバコの匂いに、小さく笑った。
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