いよいよ実家からの催促が止まなくなり、部屋で手紙を書いていた。日記以外で文字を綴るのは久しぶりなせいか、なかなか集中できない。つい、この書き振りで良いのだろうかと考えてしまう。その上、書いた文字を読むのも僕以外の誰かで、その相手に目的通りの意図を伝えないといけないわけだから、好き勝手に書き殴っている常の文とは様子が違いすぎる。
「あーもう駄目、わかんない」
ため息をついて椅子の背にもたれ掛かる。
右手はいつの間にかペンを手放していて、それが半分以上白紙の便箋の上に転がっていた。罫線の間に足跡みたいにインクのシミが残っていて、どこを転がったのかがよく分かった。
多分、僕の右手には荷が勝ちすぎる仕事なのだ。すでに何度か同じ失態を犯しているので、間違い無いと思った。
今回の目的は、”怒り狂う両親に反省の意思を伝え、誠心誠意、役目を果たすと約束する”というもの。この意図が正しく伝われば仕事は完了なのだけれど、親以外の誰が目にするかわからないので、どこから見ても完璧な反省文を綴らなければならない。
いざとなれば嘘でも何でも謝ればいいと思っていたのに、どうにもペンが進まない。
前節から僕は何か、決定的なものを欠いているようで、文字を綴っては、それを打ち消すのを繰り返していた。この便箋だって、足跡がついてしまったから、もう使えないだろう。
手紙を書き出してから、何枚屑籠送りにしたかと考えると頭が痛くなる。紙だって安くはない。今節はおそらく菓子を買ったりは出来ないだろう。
ため息をつきながら机の引き出しを開ける。封筒が何通かに、便箋が残り一枚。あとは日記帳。
「ああー」
机の上に広げていた紙を手に取って丸める。そのまま部屋の隅に佇む屑籠へ投げた。紙は一度壁にぶつかり、直下の籠へと落下した。
紙を屑に変える仕事は得意なのに……。
しかし、考えてみればこの四年間、僕の手はあらゆる方法でもって、この仕事をしていたのだから、得意にもなるだろう。
席を立って、戸脇にかけてあった鞄を掴む。適当に肩にかけて、ドアノブを回した。
「なんか、甘いもの食べたいなあ……」
急に食欲が湧いてきて困った。手に入らない時ほど、欲しくなってしまうというのは正直、欠陥なんじゃないかと思う。手に入る時に、手に入るものだけ欲しがればいいのに。
「それならちょうどいいですわ!」
突然聞こえてきた声に目を向けると、開けたドアの先にフレンが立っていた。急な登場に僕は少しの間、黙る。彼女は片手を中途半端に掲げ、少しのけぞった体制で僕を見ていた。ドアを叩こうとしていたようだ。
「ごめん、当たった?」
「声が聞こえたので避けられましたわ!」
「そう……よかった。ところで何がちょうどいいの?」
「そうそう、私、ステイシアさんにお願いしようと思って!」
「お願い?」
「街に新しいお菓子屋さんができたそうですわ!私、ぜひ行ってみたくって……でも、一人ではお兄様が許してくださらないでしょう?それで、ステイシアさんに一緒に来ていただけないかしらってお願いに来ましたの」
「ああ、そういう……。僕も街に行くところだったから、別に構わないよ」
「よかった、嬉しいですわ!実は私、お友達と街でお買い物したり、お茶したりすることがあまりなくて……憧れてましたの」
「そうなんだ。だとすると、ごめん。買い物は付き合えるけど、お茶は厳しいかも」
「どうしてですの?」
「持ち合わせがちょっと……」
来節になれば、給金が出るけれど、その時、自分がここにいるかは分からないから何とも言えない。
「そうですの……でも、街には出かけられるところでしたのよね?」
「そう、便箋を買いに。そうすると残金がね……」
「あら、それなら私、可愛らしい便箋をたくさん持ってますの。お付き合いいただく代わりにお好きなものを差し上げますわ」
「え?いいよ、別に。仕事の護衛じゃないんだから」僕は首を振った。「友達と買い物に行くんでしょ?」
「うーん、ですが……」
フレンは腕を組んで云々と唸り始めた。
「あ!でしたら、こうしましょ?私が便箋をお贈りしますから、ステイシアさんはそのお礼に私とお茶してくださいな」
「報酬じゃなくてってこと?」
「ええ、そうですわ!いい考えでしょ?」
フレンは両手を合わせてにっこりと微笑んだ。
その後、セテスに断りを入れてから、街に降りた。門限は日の入りまでとのこと。
フレンが僕の手を引いて、街に続く坂道を小走りで駆ける。
「フレン、そんなに走らなくても、まだ日没まで何時間もあるよ」
「何時間もおしゃべりするのですから、時間が足りなくなりますわ!」
「でも転んだら危ないから……」
「私、そんなに鈍臭くありませんわ!」
たどり着いた店は、話題になっているという話の通り、随分と人が集まっていた。店先に幾つかテーブルが置かれていて、給仕が注文をとったり、客を案内したりと慌ただしく動き回っている。しばらく待って、開いた席へ案内された。
注文を伝えるとティーポッドやら焼き菓子やらが運ばれてくる。
給仕の注いでいった紅茶を口に運ぶフレンの所作は洗練されていて、詳しい生い立ちは知らないけれど育ちがいいのだろうな、と思った。
「差し上げる便箋はどんなものが良いのかしら……かわいいのも、素敵なのも、たくさんありますのよ」
フレンがカップを手元に置いて言った。
「書ければ何でもいいよ」
「でも、書かれる内容に合わせて選んだら素敵ではなくって?どんなお手紙をお書きになるの?」
「跳ね返りの放蕩娘が怒り狂う両親に贈る手紙……」
「ま、何だか複雑ですのね……?」
「うん、そう。複雑なんだよ」
ため息をついて首を振る。焼き菓子を一つ手にとって口に放り込んだ。生地に少し塩が入っているのか、甘塩っぱい。上に乗せられたジャムは酸っぱかった。
菓子一つとっても、甘いだけでは満足しないのだから、人間はきっと複雑なことが好きなのだろう。甘いものは甘いだけ、辛いものは辛いだけ。それだけではいけないと言うのだから、作る側は大変だ。
菓子を咀嚼して飲み込む。
様々な味わいを丁寧に混ぜ合わせたのだろうそれは、確かに美味しく感じられた。
「色々、状況とか……何度書いてもうまくいかない」
「まあ、それで便箋がなくなってしまったの?下書きをしてから書いてみてはどうかしら」
「そうなんだけどさ……なんか、文字を見ていたくなくて。気づくと丸めている」
「重症ですのね……」
フレンが難しい顔をして腕を組んだ。
「お兄様がね、風紀が乱れる〜!とかおっしゃって、生徒のみなさんに反省文を書かせたりしてますの。だから、ご相談されたら何か参考になるお話を聞けるかもしれませんわ」
随分と深刻そうな様子で語るので、つい笑ってしまった。もはやこれ以外、僕を救う手立てはないと思っているのかもしれない。確かに彼女の兄なら反省文を読み慣れているだろうけれど、参考になる前にきっと怒られる。
彼は家族のことを随分と大切に思っているようだから、僕と両親の攻防劇を聞いたら、いい気分にはならないだろう。
結局、日の入り間際になって、修道院に続く坂道を駆け上がる羽目になった。空は夜になりかけの濃い青色で、地面のそばは橙色。建物たちの隙間から差し込む夕日が横顔に当たって目がちらつく。
「フレン、頑張れ!セテス殿が立ってる!」
「ええ!?ホントですの?」
時折光る視界の中、坂の頂上に立つ人影を見つけて僕は叫んだ。後方で追いかけるように声が上がる。引いていた手が滑りそうになり握り直した。冷たい風が吹いていたけれど、いかんせん走っているものだから暑かった。
坂を上り切ると修道院へ続く門の前にセテスが腕を組んで立っていた。
「まだ……まだ、日が出ていますので……」
「ステイシア、君のことは信用しているが、次からはもう少し早く帰ってきてくれ……」
夕日がかろうじて山の際から爪の先くらい覗いている。それを横目で確認すると、セテスは渋い顔をして言った。フレンは僕の後ろでぜえぜえ言っている。
「はい……すみません、気を付けます」
頭を下げると、服の裾を引かれる。振り返ると、膝に手をついてフレンが僕を見上げていた。
「ステイシアさん、便箋が……」
「ああ、もう遅いから明日でいいよ」
「でも……」
「それより、引っ張ってごめんね?大丈夫そう?」
「ええ、ええ……それは、もう……大丈夫、ですわ」
身をかがめるフレンの額には汗が滲んでいる。どうにも、まだ大丈夫ではなさそうだったから、膝を折って、それをハンカチで拭った。
「ねえ、今日は楽しかった?」
フレンはきょとんとした顔をした後、にっこりと微笑んだ。落ちかけの夕日が彼女の睫毛に灯って金色に光っている。綺麗だった。
「ええ、とっても!」
「そう、ならよかった」
フレンとセテスとは門を抜けたところで別れた。
「明日……明日になったら、とっておきを選んでお持ちしますわ!」
「うん、楽しみにしている」
振り返る彼女に手を振り返す。
しかし、次の日になっても、その次の日にも彼女が現れることはなかった。
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