盗賊団を追いかけていたら、結局、竪琴の節になってしまった。士官学校の学級対抗戦までには捕まえたいと思っていたけれど、なかなかうまくいかないものだ。望んだ通りに物事が進むことの方が珍しいのだから、順当なところかもしれない。
 連絡部隊からの話だと、学級対抗戦ではルーベンクラッセが勝利したらしい。僕が修道院を離れた後、すぐに新しい教員が決まり、それはなんと団長の子息だということだ。ルミール村で出会った藍色の髪の青年――確か、名前はベレトと言っていたか、彼がルーベンクラッセの担任なったそうだ。対抗戦における彼の采配の素晴らしさを語る騎士もちらほらいた。歳はそんなに離れていない印象だったけれど、さすが士官学校の教師に抜擢されるだけあるということか。団長に引き続き、猊下の人事は概ね好評らしい。
 そんな評判があったからなのか、この追走劇の幕引きにルーベンクラッセも参加することになった。なんでも実践経験の乏しい生徒たちに実地で学ばせる良い機会、だとか。危ない目にあったらいけないから早く捕まえたい、と思っていた身としては、なんだかなあという気分だ。
 思わずため息が漏れる。
 びゅう、と風が吹く。
 眼前には深い谷があった。
 今は夜で辺りは暗いし、その上寒い。本当は焚き火に当たりたいところで、それができないのが憂鬱だった。
 ザナドという、眼下に広がる谷に逃げ込んだ盗賊団を包囲すべく、陣を展開している。生徒たちが到着次第、攻勢をかけることになるそうだ。それまで包囲を気づかれてはいけないから、と火をつけることは禁じられている。偵察のため、谷の淵に待機してずいぶん経った。交代まで後何時間あるのかわからないけれど、日が暮れて久しい。谷の周辺は草木もまばらで、申し訳程度に細くて鋭い葉をした植物がぽつぽつと生えている。冷たい風が谷間を抜けるたび、身を震わせるみたいに葉が揺れて乾いた音を立てた。竪琴の節もじきに終わるというのに、いまだに夜は寒い。暗い谷底にはちらほらと赤い光が点っていて、盗賊たちが暖をとっている様子が窺えた。
 ここは赤き谷とも呼ばれ、セイロス教の聖地の一つになっている。聞いた話だと、古代の住居と思しき遺構が点在しているらしい。女神様の仮の住まいがあったとも言われている。赤き谷、という名前の由来は分からないけれど、かつて女神様たちが暮らしていた頃は、今よりももっと灯が点って赤く光って見えたのかもしれない。
 そういう、教会にとって貴重な遺構があるせいか、ザナドは、信徒でも無闇に立ち入ってはいけない場所とされている。盗賊に侵入されたまま包囲しているだけで教会はいいのだろうか。さっさと捕まえるなり討伐するなりしてしまえばいいのに。生徒の実地経験より、聖地の安寧に天秤が傾きそうなものだけれど、きっと、色々な思惑があるのだろうな。ままならない。でもきっと、誰かにとっては順当なのだろう。
 夜が開ける少し前、生徒たち到着の知らせがあった。盗賊たちが起き出す前に奇襲をかけることになるだろう。
 服の埃を払って立ち上がる。
 今年に入ってからというもの、あまりうまくいかないことばかりだけれど、せめて今度は汚れないように踊ろうと思う。


 前評判の通り、ルーベンクラッセの動きは非常に統制が取れていた。終始落ち着いた進行で戦いは進み、騎士団の仕事なんて、ほとんどなかった。
 僕の持ち場は谷の出口付近で、生徒たちに追い立てられた盗賊がまたどこかに逃げないよう始末する、というのが仕事だった。けれど、ここにたどり着く前に、そのほとんどが打ち取られ、逃げてくる残党はごくわずか。踊り足りないなと思っていたら、撤収の号令がかかった。一節近く追いかけ回していたのに、終わりは呆気ないものだった。
 撤収の途中、遠目に青い外套が見えた。派手に汚れてはいないようで少し安心する。一瞬目があった気がして、自身の姿を見下ろした。戦いの後だから、多少草臥れてはいたけれど、目立った汚れはない。きっと次第点がもらえるだろう。
「おいステイシア、こちらの作業を手伝ってくれ」
 同僚の声が聞こえて振り返る。見ると兵糧やら医薬品やらをまとめて馬車に積み込んでいるらしい。
「ええ、今行きます」
 お互い目立った怪我はないようだし、今日は早く修道院に帰れそうだし、たまにはこういう日があってもいいだろう。早く、硬くて乾いた携行食以外のものが食べたい。土の上ではない寝床で眠れるのも嬉しい。そんなことを考えながら馬車の方へ向かった。
 足が軽い。
 久しぶりに浮かれていることを自覚する。
 多分、このくらい距離が離れたままの方が穏やかに眺められる。谷底だって遠くから眺めた方が綺麗だった。赤くて、光っていて。
 近くで見る赤はあまり綺麗ではない。


目次next→