◎十二雫目


失恋とはこんなにも苦しいものだったのか。
こんなにも胸が痛むものだったのか。
今までオレに告白してくれた女子達はこんな思いをしていたのか。
自転車に乗っているのにグルグルとあのごめんなさいと泣く苗字さんの顔が浮かぶ。
なぜあんなに悲壮な顔をしていたのか。

「尽八!!!」

隼人の声に我に返ると目の前に木が迫っていた。とっさに避けようとハンドルを切るが勢いが殺しきれずスリップし浮遊感の後地面に叩きつけられる。

「東堂さん!!」

真波が駆け寄ってくるのをボーッと眺める。
あぁオレ落車したのか。
やっと状況を理解して起き上がる。

「そのまま動くなボケナス!」

立ち上がろうとすると荒北が上から押さえつける。
なんだ、別に痛いところはないから大丈夫だ。
真波、そんな泣きそうな顔するんじゃない。頭を撫でてやろうと腕を上げると血だらけの腕が目に入る。
これは、オレの腕か?
よく見ると脚も血だらけになっていた。
こんなに血が出ているのに痛みは全く感じない。痛いのは胸だけだ。

「とりあえず保健室行こう!」
「ホラ、肩貸してやっから!」
「大丈夫だ、歩ける。」

肩なんて貸してもらえばユニフォームが血だらけになってしまう。
ひとりで歩こうとすると肩を掴まれる。
振り返るとフクがいつも以上に無表情で立っていた。

「今日はもう帰れ。どっちみちそんな状態では練習に参加させることは出来ない。」
「………あぁ、すまない。」

真波が付いてこようとするがそれを断ってひとりで保健室に行く。
保険医には驚かれたが傷は浅く血が多く出ているだけで見た目ほど酷いものではなかった。
消毒を受けて絆創膏などを貼ってもらう。
替えのものまでくれて化膿するようならまたくるように言われ、保健室を後にする。
そのまま帰る気にもならずベンチの上で寝転がる。今この痛みから解放されるには睡眠しかない。
オレは意識を手放した。



ふと目を覚ますと辺りは真っ暗だった。
そんなに寝ていたのか…。そういやユニフォームのままだった。制服は部室のロッカーの中。取りに行かなければ明日学校に行けない……いや、朝早く取りに行けばいいか。今日は帰ろう。
立ち上がり寮の方へ歩いていると大きなコンビニ袋を下げた隼人が目に入る。
こんな時間からどこに行くのだ?それにそっちには、プールしかないじゃないか。
もしかして苗字さんの待っている王子様は隼人なのか。
結局付いて来てしまった。
隼人が更衣室を抜けてプールへ入るとさっと中に入り更衣室のドアにぴったりとくっつく。

「こんばんは。」
「こんばんは、新開先輩。」

ガサガサと音がするのて多分コンビニ袋を開けているのだろう。
話へと耳を傾ける。
すると話しているのはオレの話ばかりではないか。
どういうことだ。隼人が苗字さんを責めているわけではなさそうだが、オレの話なのに違う誰かの話をしているかのように理解できない。
オレに話してはいけないこととはなんなんだ。

「記憶がなくたって、心が覚えてるっていうのかな。
名前ちゃんと付き合っていたことを忘れていても名前ちゃんを好きな気持ちはきっと変わらないんだよ。」

どういう、ことだよ。記憶がない?苗字さんと付き合っている?誰が?オレが?
気づかないうちにオレは扉を開けてしまっていた。

「それ、どういうことだ…?」

驚いた苗字さんが目に入る。その瞬間、突然酷い頭痛が襲う。
落車の時に頭を打ったか?
隼人や苗字さんが呼ぶ声が聞こえるがオレの意識は暗闇へと落ちていった。

苗字さんがオレを下の名前で呼んでいたのはきっと気のせいだ。



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