◎八雫目


真波の一件でオレは苗字さんが好きだと自覚してしまった。
それならば告白するしかないだろう!と意気込んでプールに来たのはいいが、ただ雑談をして帰るだけの日々が一週間は続いている。

「どうしました先輩。」
「い、いや!何もないのだ!気にしないでくれ!」

そうですか、と苗字さんは首を傾げた。
うっ!そんな可愛い仕草をしてくれるな!

「最近毎日いらっしゃるので何かあったのかと思ったのですが。」

プールサイドに座りバシャバシャと足で水を蹴り上げる。
やはり不信感を持たれていたか…。
時々来ると言っていた荒北や新開、真波と違って知り合って1ヶ月ほどのオレがこんなに入り浸っているのはそれはおかしいだろう。

「インハイまであと1ヶ月ですね。」

名前さんはこちらを向かないままぽつりと言った。
知っていたのか。いや、優勝常連校である箱学だから他の生徒が知っていてもおかしくはないな。
それに荒北達が言っていたのかもしれない。

「………ら…ち……か。」

バシャバシャと水の音でよく聞こえなくて聞き返すが名前さんはなんでもないですと首をふる。
そして足を止めてようやくオレを見た。

「頑張って、くださいね。」

「オレでは、王子様の代わりにはなれないだろうか。」
「え?」

ここまで表情を露わにするのは初めてではないかというくらい苗字さんは目を見張る。

「君が好きだ。」

そのまま俯いてしまったが止めずに言い続ける。

「王子様を待っているのは知っている。たが…!」
「ごめんなさい。」

俯いた苗字さんは泣いていた。ごめんなさい、ごめんなさいと何度も謝りながら。
その姿さえ美しいと思うオレは心底惚れているのだろう。

「王子様に代わりはいないんです。あなたではないんです東堂先輩。」

またごめんなさいと謝る姿をオレはただ呆然と見ていることしか出来なかった。

「……そうか。悲しませてしまってすまない。
オレはもうここには来ないから安心してくれ。
ではな、苗字さん。身体を冷やさないようにしろよ。」

泣いている苗字さんを置いてプールを出る。
こうして東堂尽八一世一代の告白は悲劇として幕を下ろしたのだった。


「ごめんなさい、尽八先輩。」



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