03


「珍しい光景見ちゃった」

 鞄になんてあるはずもないコンタクトをまだ探している哀れな一実を置いて、さっき白石さんたちが通って行った同じ廊下をてくてくと歩く。#name3#の横に並んで、キャプこと桜井玲香が声をかけてきた。クラス委員だからと言いながら、少しずつ距離を詰めてくる策士だ。

「白石さんと話してたこと?」
「そう。今まで見たことなかったから、珍しいこともあるものだと思って。え、やだ、今日って雨降る?」

 会話の途中でわざとらしく何かに気付いた振りをして、窓の外を不安げに眺める。嫌味な。

「#name3#が白石さんに話しかけたからって雨は降らないよ! クラスメートだよ」
「でも、#name1#さんが高山さん以外の人と話してるのは、珍しいよ?」
「うぅ」
「クラス委員としては、クラスメートが仲良くなるのは大歓迎だから。これで終わらずに、頑張ってね」

 キレイに笑ったキャプに対して、#name3#は顔をしかめた。いい人そうな人が、見た目通りにいい人をやってると、どこかに粗を探したくなるのは、人間の性だと思う。だから#name3#も一人間の端くれとして、キャプの全身から粗を探す。

「見つからない……」

 一人で勝手に疑って、探し物が見つからなくて不機嫌になる。一層顔を歪めた#name3#を見ながら、キャプはそれでもまだいい人だった。

「できれば私にも、#name1#さんの方から話しかけてくれたら嬉しいな」
「何度も話しかけてるじゃん。ノート集める時とかに、はいこれ、って」
「そういうことじゃないでしょ」
「んじゃ、#name3#が思わず話しかけたくなるような人になってくださーい。ほら、今日の白石さんみたいに」
「ハードル上げちゃったかな……?」

 やっちまった、という表情で苦笑いしたキャプは、誰かと比べなくても十分いい人に見えた。それは絶対に言ってやんないけど。キャプはクラス委員という武器を手に持って、人の無防備な心の中に踏み込んでこようとするけれど、キープアウトの黄色いテープを越えてくるようなことは絶対にしない人だ。どこにテープがあって、どこまでなら歩いていていいのか、そういうのを知っているんだと思う。だから、#name3#は結構キャプが好きだ。これも絶対に言ってやんないけど。

 一実も、そういうところはキャプに似ている。だから居心地がよくて、入学してから誰よりも先に一実に出会ってしまったから、二人ともがそこに落ち着いてしまった。キャプの言うように、#name3#は一実以外の人とあまり話さないし、一実もそうだ。狭く深く。手を伸ばせる距離は決まっているのだから、わざわざそれを越えて、色々と抱え切れなくなることはない。

 厄介なのは、#name3#も一実も、面倒を人一倍嫌うくせに、人並みには欲求があることだった。目立ちたい、モテたい、人気者になりたい。理念と相反する欲求は、くだらない遊びで満たした。今回の、白石さんに告白して英雄になることだって、その一環に過ぎない。白石さんには申し訳ないけど、言ってしまえばおもちゃだ。有名税ってことにして、申し訳ない気持ちには蓋をする。嫌だ嫌だ、これだから、いい人のそばにいると#name3#の汚い部分がよく目立つ。やっぱり、キャプのことは好きだけど、#name3#の隣は務まらない。

 キャプの横顔越しに見た外の景色は、何だかどんよりとしていて、本当に雨が降り出しそうだった。

- 3 -

*前次#


ページ: