04
昼休みももうすぐ終わる頃、#name3#は中庭で見目麗しい少女を見つけた。そう、白石さんだ。それぞれ違う会社の自販機が五つも並んでいる前で、彼女は眉を下げていた。端から端まで自販機を見てため息を吐いている。
その理由はすぐに思い当たった。昨日からここの自販機には『故障中』の貼り紙が五台すべてに貼られているのだ。きっと白石さんはジュースでも買いに来たのだろう。そして困っている、と。
そわそわする思いで、#name3#は白石さんの方に足を向けた。
「お困りですか」
気楽を装って声をかけると、白石さんの澄んだ瞳が#name3#を見つめた。驚きと、戸惑いと、少しの警戒心をにじませたように揺れている。
「ジュースを買いに来たんだけど……」
「ここにしか売ってないやつ、結構あるもんね」
「え、あ、うん」
「よーし。ちょっとお金貸して。見ててね」
そう言って白石さんから小銭を受け取り、#name3#は目当てのジュースがある自販機の前に立った。気持ち得意げな顔になっていると思う。
「この自販機、硬貨が入り難くて故障中ってことになってるんだけどさ、入れ方にコツがあるんだよね」
さも、そのコツとやらを実践している風に勢いをつけて硬貨を投入口に流し込む。自販機はあっさりとそのお腹に硬貨を飲み込み、青いランプを点灯させた。
実はこの自販機たち、壊れてなどいないのだ。故障中の貼り紙は、昨日の昼休みに一実と二人で貼ったもので、貼ってから放課後までどれくらいの生徒が騙されてすごすごと帰って行くかをこっそりと観察していた。剥がすのを忘れていたことを、たった今思い出したところだった。それも、困っている白石さんを見かけなければ忘れたままだったかもしれない。だから今回は、親切な#name3#をアピールとかでなく、ある種罪滅ぼしみたいなもので声をかけたのだった。結果的にひどいマッチポンプになっている気もするが。
「はい、ジュース」
がこん、と落ちてきたジュースを手渡すと、白石さんはどこか遠慮がちに受け取った。
「ありがとう。えっと、#name1#さん、だよね」
ええっ、それ今確認する? #name3#の顔と名前、もしかして今まで一致してなかった?
「うん。#name1##name2#だよ。同じクラスの。……知ってるよね?」
「あ、うん。知ってる、そういう人がいるってことは」
「……あ、そう」
「ごめん……」
「……いや、別に」
仕方ないか。これまで白石さんと接点なんてなかったし、話したのも今日がはじめてだ。#name3#が白石さんを知っているのは彼女が有名だからで、何の噂も立たないような#name3#のことを白石さんが知っているはずがない。むしろ名前だけでも知ってもらっている奇跡を喜ぶべきだろう。
「じゃあ、私もう行くね。ジュースありがとう」
立ち尽くす#name3#を後にして、白石さんはさっさと校舎に戻って行ってしまった。思っていたよりもショックが大きいかもしれない。想像以上だ。白石さんに認知されてないなんてこと、分かってたはずなのに。
作戦修正の必要を認めよう。放課後の教室から漫然とグラウンドを眺める。一実は剣道部に顔を出すとかでHRの後早々にいなくなってしまった。二人のいつものノリで、白石さんに告白しようと決めたものの、問題はもっと手前に転がっていることに今更気付いた。告白したところで「あんた誰?」状態じゃ恰好がつかない。ただただ#name3#が意味もなく振られて、惨めになるだけだ。となると、どうにかこれから白石さんとの接点を作らないといけないわけだけど、これもそううまくは進まなかった。白石さんはいつも同じグループの人たちに囲まれていて、話しかけるのに気後れしてしまうし、話しかけたら話しかけたで周りの人に胡散臭そうな目で見られてしまう。#name3#の中にやましい気持ちがあるからだろうか。
何気なく見下げていた眼下のグラウンドでは、野球部やサッカー部が部活動に勤しんでいる。その中に白石さんを見つけた。今日はよく白石さんを見つける日だ。意識してるからかもしれない。彼女はソフトボール部に所属しているようだ。
「ほーぅ、左打ち? 確か右利きだったような気がするけど。おーおー、飛ばすねぇ。ホームランじゃないの、あれ。走ってる姿もキラキラしてるとか、何てチートだよ」
ダイヤモンドを一周回って帰って来て、仲間とハイタッチ。教室でマドンナしてる白石さんしか知らなかったけど、あんなに自然な笑顔ができる人だったことに驚いた。教室での笑顔が偽物ってわけじゃないけど、心から楽しんでる今の感じの方が好きだ。大きなお世話ってやつなんだけど。
次の日も性懲りなく#name3#は白石さんに話しかける。白石さんと話すことはルーチンワークに入れている。昨日決めた。
「昨日白石さんがホームラン打ったとこ見てたんだけど、めっちゃいい笑顔するんだね」
決めたものの、心根が弱い#name3#はなるべく白石さんの周りに人がいない時を狙って話しかけるのだった。白石さんは大きな目を丸くして#name3#を見ていた。近くで見るとやっぱ可愛いな。でも、昨日はすごく距離は遠かったけど、昨日の方が可愛かった気がする。
「いつもああやって笑えばいいのに。あ、もしかしてあれ? ファンが増えちゃうから、わざと抑えてるとか?」
「そんなことないけど……」
「遠目からだったけど、すごく可愛かった。笑顔が素敵な人って、こういう人のこと言うんだって分かっちゃったよ」
白石さんの目線が、若干キツクなったような気がした。あれ、褒めたのに。
「あ、あの、えっと、遠目だったけど、ちゃんと見えてたから嘘じゃないよ……?」
そりゃ思わず弱気にもなりますよ。言い訳なんかしちゃったりしますよ。一体何が白石さんを不機嫌にさせてしまったのか、見当もつかない。だから言い訳も見当外れのものになってくる。
「#name1#さん、もしかしてしーちゃんのこと狙ってるの?」
澄ましたような、ちょっと低い声が#name3#に向いた。橋本さんだ。びくりと肩が震える。
「いやあの、普通に感想を述べただけですが……」
滅相もない、と両手を広げて身体の前で小刻みに揺らす。突然の橋本さん、やめて欲しい。こっちは白石さん同様、橋本さんとだって話したことがないのだ。しかも核心を突くような突かないような質問をしてくるなんて、恐ろしい人だ。美人だけど。
「じ、じゃあ、もう授業始まるし席戻るね」
撤退! 白石さんは何か知らないけど不機嫌だし、橋本さんは無表情で美人怖いし、撤退戦であります! 総員退避!
第一次クイーン・ビー接触作戦は、自軍の完全敗北で幕を下ろしたのだった。
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