05


 #name3#が白石さんに絡み出してから一週間ちょっとが経った。動き出せば荷物を持ち、自発的にかしずく勢いで絡むものだから、最初は遠巻きに見ていたクラスメートも、最近では苦笑いに変わってきている。とはいえ、白石さんと仲良くなれたのか、と聞かれるとそうでもなく。いい加減顔と名前は一致してるとは思うけど、どうも反応が芳しくない。打っても響かない。

 何か白石さんのためにやろうとすると、申し訳ないから、と本当に申し訳なさそうな表情で辞退されてしまう。こっちがやりたくてやってんだから、その謙虚な心遣いは無用だと何度言っても変わらぬ態度なのだ。こう頑なだとこちらとしても困ってしまう。行き過ぎた心配りは時にお節介にもなり得る。まあ、この場合#name3#の意図など知らない白石さんに一切非はないのだけれど。

 今日も今日とて白石さんを追いかける。白石さんのお昼は、購買だったりお弁当だったりその日によって違う。お弁当だった場合は#name3#の出番などないけれど、購買だった場合は出動可能だ。全国の学校の例に漏れず、うちの学校も昼休みの購買は賑わいを見せる。戦争のようだ、とまではいかないけれど、欲しいものがある場合はそれなりにスタートダッシュを決めないと手に入らない。そこで#name3#が颯爽と白石さんの前に出て、パンを何個か差し出すわけだ。君のためにゲットしておいたよ、好きなものをお食べ。これで白石さんはイチコロよ。

 ってなわけで、#name3#は事前に裏ルートから入手しておいたパンが入った袋を片手に、教室を出た白石さんを追いかけた。財布を持っていたのできっと購買に行ったはずだ。今頃行ってももう何もないだろうから、そこですかさず#name3#の出番というわけだ。もうちょっと、もうちょっと。作戦の成功を疑わずニヤける自分の顔が目に浮かぶようだ。今日こそは白石さんとの距離もぐっと縮まるだろう。

 気持ちの悪い顔で白石さんを追いかけていた#name3#は、白石さんが購買を通り過ぎて歩いていることにしばらく経ってから気付いた。こっちの方には何もないはずだ。強いて言えば告白のスポットになっている裏庭があるくらい。

「はっ……! もしかして、もしかして! こ、告白ぅ!」

 確信した。白石さんは#name3#が追って来ているのに気付いていて、裏庭で告白しようとしているに違いない。だってそうだ。この一週間はかなり白石さんに張り付いてきたからな。一週間あれば#name3#の魅力に気付いて、好き好き大好き超愛してる、ってなってもおかしくない。むしろ時間がかかり過ぎなくらいだ。こうなってくると、調子に乗らざるを得ない。いやー、モテるっていいもんだ。

 #name3#の思った通り、白石さんは裏庭に着くと立ち止まった。ここは#name3#も登場してあげなければ。近付いて、異変に気付いた。あれ、何か、この子、声低いんですけど?

「……い。……ざい。……りたい」

 いつもの白石さんの声からは想像もつかないような低いお声で、ボソボソと喋ってらっしゃる。気のせいかな。聞き間違いかな。うざい、とか、殴りたい、とか、不穏な単語が聞こえる。

「目障りなんだよおぉぉぉおおぉ!」

 そして遂に白石さんは、鼓膜を揺らす大声で空に向かって叫んだ。決定打です。この人今、目障りって言いました!

 いやはや、早とちりして告白だと思い込んでしまったけど、白石さんも大分ストレスが溜まっているみたいだ。発散するために人のいない場所を選んだのかな。何せ校内では注目の的だから、こういうことできる時間も限られてくるわけだ。

 人気者の苦悩、みたいなものに同情していると、白石さんのストレス発散は更に熱のこもったものになっていく。

「マジで何なのアイツ! もういい加減にして! うざい、殴りたい、蹴りたい! ああっ、もうっ! #name1#の奴っ!」

 え、ちょっと待って。今白石さん、#name1#って言ったよ。#name1#って、もしかして#name3#じゃないかな。もしかしてもしかして、今までの言葉って、全部#name3#に向けられてた? ショックで口から魂が出そう。ポトリ、と手からパンの入った袋が落ちる。

 音に気付いた白石さんが振り返り、そこではじめて#name3#の存在に気が付いたようだった。

「白石さん……」

 顔面蒼白になっている白石さんに話しかける。聞かれてるとは思わなかったみたいだ。逃げ出さないのをいいことに、#name3#はふらふらと距離を詰めていく。

「何か色々とひどいことを言われた気がするんだけど、#name3#の気のせいかな?」

 白石さんは少しも動かない。停止してしまったようだ。

「まさか白石さんがそんな風に思ってるなんて、知らなかったよ」

 瞬間、悲しみの中に、#name3#は光を見つけた。暖かいあの光は、あの光の名は、白石さんの秘密。悲しい気持ちが一気に吹き飛んでいく。これは面白いことになった! 白石さんに告白するなんてことよりも、よっぽど面白い!

「でもねぇ、学校のマドンナ、クイーン・ビーの白石さんの本性が、こんなだったとはね。ビックリだよ」

 実は#name3#が嫌われていた、という事実に心を痛めたのは確かだが、今はそれよりもこの武器をどう使ってこれから面白くしていくかだ。おら、ワクワクすっぞ!

「白石さんが#name3#のことをどう思っていようと別にいいんだけどさ、このことを他の生徒が知ったらどうなるかな? 何も変わらないかもしれないけど、白石さんファンの人たちには衝撃が走るだろうね」

 今なら、悪役オーディションでぶっちぎりのトップで優勝できる。我ながら、悪よのぅ。白石さんは未だ微動だにせず。スイッチ入れないと動かないのかな。顔を覗き込む。見開いている茶色の目がキレイだ。あ、コンタクト入ってる。

 揺すっても軽く叩いても起動しない白石さんを前に、これは#name3#がいるから起動しないのだろうと結論付けた。気持ちは分かる。

「#name3#、先に教室戻ってるね。あ、これ、パン。好きなの食べて」

 そう言って、無理やり白石さんの手に袋を握らせた。#name3#は隠し切れない悪い笑顔で裏庭を後にする。早く教室に戻って一実に報告したい。これから面白いことになるぞって。思わぬところで思わぬ白石さんの弱みをゲットしてしまった。廊下を歩きながら、#name3#は高らかな笑い声を上げた。

- 5 -

*前次#


ページ: