チチもないしケツもない
甘寧が給湯室に向かうその一時、三成と正則は目線を合わせこっそりと会話をした。


「お、オイ。大丈夫なのかよ?甘寧の奴、ショックで伊智子ちゃんのことビンタしちゃうんじゃね?」
「問題なかろう。それに、口で説明するより実際に見たほうが良い」
「それはそうだけどよ、お前が楽したいだけじゃね?」
「さてな」

三成がそう言った瞬間、甘寧の大きな叫び声と伊智子の悲鳴が響き渡った。






「んなぁーーーーーーーーっっ!?!?女って…女って…言ったじゃねぇかーーー!」

「ひ…ひいいいいいいいいっ!」



よほど予想外だったのだろう。給湯室にしゃがみこんだ伊智子を指さして叫ぶ甘寧。
一方、伊智子は甘寧の容姿に対して恐怖の叫び声を上げている。

短い金髪。筋肉の浮かび上がった肉体。そして…背中から胸、両腕にまで施された龍の刺青。だらしない寝間着。
その全てが、人生経験の少ない伊智子にとっては刺激が強すぎた。

甘寧は恐怖に縮み上がる伊智子を見て愕然とした。そしてふつふつと込み上げてくる怒りを叫びにぶつけた。


「俺は…俺はなァーッ!23歳以下は女と認めねェんだよ!ただの子供じゃねぇかオイッ!」

「うぎゃああああっ」

「三成正則どうなってんだコラアアアアアアアアアア!!」



「貴様の女の基準などどうでもいい。少年のような身なりをしているが、生物学上は一応女だ。」
「あきらめろ、甘寧。伊智子ちゃん、素直で可愛いぜ」

受付から出てきた二人が甘寧にとどめの一撃を放つ。
とうとう甘寧はドサッとソファーに沈み込み、メソメソとぐずり始めた。

その隙に正則が伊智子の元へ駆け寄り、背中をさすって声をかけた。

「大丈夫か?伊智子ちゃん」
「ふ、福島さん。すいません…あの人怖いです…」
「…許してやってくれな、最近めんどくさい客が増えちまってよ、黒服の俺らも色々大変なんだ」

「女に入れ込みすぎるとああいう男になる。覚えておけよ、伊智子」
「なんだとコラ〜〜〜、あ痛っ!」

甘寧の頭を容赦なく扇子でペチンと叩いた三成がしれっと言い放ち、向かいのソファに体を埋めた。

「え?あ、ハイ…」
「それより、いつまで待たせるつもりだ?」

三成が言う。
伊智子は何のことだか分からずに、首をかしげる。

「茶。」
「あっ! す、すいません!今!ただ今!」

飛び上がってガス台に駆け寄り、急いでお茶を用意した。








石田さんと、福島さんと、…か、かんねい?さんと、…わたしの分。

四人分のお茶をついで、テーブルの上に置く。
茶托なんてどこにも見あたらなかったから、そのままだ。



「ど、どうぞ」


なんだかシーンとしてしまい、空気も重い。場所がそこしかなかったので、伊智子はおそるおそる甘寧と同じソファに座った。

お茶を一口啜った三成は甘寧に向かって声をかける。

「甘寧」
「……」
「いつまですねているのだ。」
「! だってよぉ、」
「先に勘違いしたのは貴様だ。」

「……っだってよぉ〜っ」

「あ、あの」

またぐずりだした甘寧に、伊智子はおそるおそる声をかけた。
甘寧はちょっと濡れかけた瞳で伊智子を見た。


「私…伊智子と言います。18歳です。」

甘寧が18ッ!?と小さく言った。伊智子は気にせず続ける。
「えっと、あの…胸もお尻もなくてすいません…でも、よろしくお願いします。」

伊智子はぺこりと頭を下げる。三成が小さくため息をついた気がした。

「…えっと…」

何も言わない甘寧に不安になって、顔を上げて向き直る。

「あっ…、あと5年くらいしたらきっと胸とお尻出てくると思うんで!たぶん!」

伊智子が必死に言うと、ようやく甘寧は呆れたように笑った。

「いや…オマエはなんなくていいよ。そのままでいてくれないと、凌統に目付けられちまうぜ」
「あ、凌統さんには先ほどお会いしましたよ」
「何ィッ」

あの野郎、と憎々しげに呟いたが、伊智子を見たら甘寧も笑った。

「はは…色々すまねぇな、仕事でちょっとムカついて八つ当たりした」
「いいえ。胸もお尻もない私が悪いんですから」
「う…もういいよ、それ。忘れてくれよ」

頼むから他の奴には言うなよ、と甘寧は言う。
伊智子は一応頷いたが、先ほどの高らかすぎる咆哮で少なくとも事務所には届いているだろうなと頭の隅で思った。

甘寧はお茶を一口啜り、改めて伊智子に向き直って手を取り、ぎゅうと握った。

「俺は甘寧。正則や、三成と同じ黒服だ。厄介な客に当たったら俺を呼べよ。紳士的に黙らせてやるから」

ニヒルに笑った甘寧はとても男前で、伊智子もそんな甘寧を心強く思った。
彼の言う紳士的な対応が伊智子の中の紳士的対応とは意味が違うだろうなと思ったが、伊智子はハイと素直に頷いた。
すると甘寧は「素直でいい奴じゃねぇか、気に入ったぜ!」と髪の毛をぐしゃぐしゃにかき乱す。


「な?だからさっき俺が言っただろ?伊智子ちゃんは素直だって」
正則がそう言うのを、伊智子は未だ髪をかき回されながら聞いていた。
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