邂逅、そして連行
受付の中の狭いスペースで、大の男2人と小さな女が顔を付き合わせて談笑している。

「成る程なぁ!おねね様も思い切ったことするじゃねェか。さすがだぜ」
「で、ですよね…私も未だに信じられません」

ヤンキーこと福島正則は、伊智子が女性だと判明してからも態度を変えることなく気さくに話しかけてくれた。
見た目以上に中身のアツイ彼をすっかり信頼し、伊智子も表情をころころ変えながら楽しそうに話をしていた。


「まあ、ここの奴等は診察医も黒服も、一癖も二癖もある奴ばっかだけどよ、結構楽しいぜ?おねね様のメシはウメェしよ!」
「あっ、私もごちそうになりました!とっても美味しかったです」
「だろー?まあ、何かわかんないことあったら遠慮なく聞けよ!!俺が親身になって聞いてやっから!ガチで!!」

「ふ、福島さん……」

ジワリ。すんごくいい人だ、この人。
たとえ見た目が超イカつくても、口調がヤンキーバリバリでも、(ガチってなんだ?)石田さんにお茶をせがんだら「貴様に注ぐ茶なぞない」と一刀両断されて血管ピクピクさせていようとも、会話の取っつきやすさは新入社員にとってありがたかった。

「あ、お茶なら私が注いできますよ。湯飲みとか、適当でいいですよね」
「あ、おい…伊智子ちゃんがすることないって、三成にやらせりゃいいんだよ」
「フン、貴様がすればいいだろう。大方、湯の沸かし方すら知らないだろうがな」
「ンだとぉ!?てンめぇ〜〜」
「あっ、あっ、今!私が!行ってきます!今すぐ!」

一触即発の二人に巻き込まれちゃたまらないと、受付奥の給湯室に足を運んだ。



そこはガス台と流し台、小さなテーブルとソファ、テレビと冷蔵庫などなど、軽い憩いの場になっているようだ。

現に冷蔵庫の中身をこっそり開けてみると、名前のかかれた食料品や飲み物が沢山…。
壁際に配置された茶箪笥にあった湯飲みとお茶、急須を取り出し、、ガス台の上のやかんに水を入れ火にかける。
その間に急須に茶葉を入れ、湯飲みを軽くゆすぎ、お盆を取り出して準備をした。



「…………なんかすごい生活感漂うなあ、ここ」


ぐるりと見渡して呟いた。
誰かが脱ぎっぱなしにした上着がソファの上に散らばっていたり、換気扇の下には吸い殻のたんまり乗っかった灰皿が。
清潔感のある受付フロアーや、高級すぎる社長室、一泊した診察室とは全く違う雰囲気のここ。
給湯室とは名ばかりで、きっと石田さんや福島さんみたいな黒服さんが一息をつくためにある休憩部屋なんだろうなあ、なんて思ったり。



「あ、俺も茶ァ飲みたいなァ」


給湯室の奥から気だるげな声が聞こえ、顔をそちらに向ける。
すると、なんとも色気のある男性がこちらを見てニコリと笑っておられるのでした。



………上半身裸で。




背中までかかる茶色い髪の毛には水が滴り、彼のズボンと床をしとしとと濡らす。
そんなことは気にもしていない様子の彼は、裸足でゆっくりとこちらに近づき、硬直する伊智子の目の前で止まった。

「おねねさんから聞いたよ。新入社員だって?オメデト」
その一言で我に返る。
「あっ…私、伊智子と言います。よろしくお願いします」
「俺は凌統ってんだ。ヨロシク。」

手のひらを突き出されたので、誘われるように握った。お父さんより大きくてごつごつした手のひらだった。
凌統は笑顔を浮かべたまま話し続ける。

「見たところすごく若いけど。童顔なんだね。何歳?って、聞いても大丈夫だった?」
「構いません。18です。」

すると、凌統はかなり驚いたように声を大きくし、少しだけ身を引いた。

「18!?マジで!?」
「う…は、ハイ」

凌統は頭をかきながら「マジかあ…」なんて言っている。
その仕草に心なしか少しショックを受けていると、またもや部屋の奥から新しい人物が現れた。


「良いではありませんか。女性は職場の華ですし。何より凌統殿に泣かされる心配がなくて安心です」


「り、陸遜。何適当なコト言ってんだっつーの…」
「りくそん…さん?」

その人物は風呂上がり同然で出てきた凌統とは違い、髪も服もきっちりと整えてとても清涼感のある男性だった。
陸遜の出現に少々慌てたような凌統を一瞥すると、陸遜は伊智子に向き直って微笑む。


「初めまして。私は陸遜と申します。ここの事務員をしています。よろしくお願い致します」
「伊智子です。えっと…18の若造ですがびしばし鍛えて下さい。よろしくお願いします」


伊智子が年齢のことも織り交ぜて挨拶すると、陸遜は一瞬面食らったような顔をした後、クスクスと笑い出した。

「私は特に気にしてはいませんよ。若いうちから社会に出るなんて素晴らしいと思います。ただ…」

そこまで言って一区切り、陸遜は持っていたタオルを凌統に放り投げた。

「わっぷ!」
「この方が少々浮気症でしてね。以前にここに雇われた女性がどれほど犠牲になったか…」
「お、オイ、陸遜」

「…まあ、少々手癖が悪いですが、人間は悪くないので。私共々、よろしくお願いします。」

にっこりと笑った陸遜に、伊智子は嬉しくなって「ハイ!」と返事をし頭を下げた。
そんな伊智子の隣に駆け寄り、そっと肩を組もうとする凌統の腕を、陸遜はぐっと引いた。

「年齢はネックだけど、仲良く………いててて!」
「凌統殿!あなたという方は!言った傍から…どういうおつもりですか!」
「べ、別にやましい気持ちなんかないっつーの!俺はただ…」

「伊智子殿と交流でも量る気でしょうが、焦らずとも結構です。凌統殿にはこれから事務所にてお仕事がございますので」

「えっ」

陸遜の一言で凌統の顔色が変わる。
凌統の腕をがっしりとつかんだまま、陸遜は涼しい顔をして部屋奥のドアを開けた。

「先日の領収書の件で呂蒙殿と毛利殿からお話がございます。今は私たちとたっぷり交流を深めて頂きますので……さあ、行きますよ!」
「ま、マジかよ。…伊智子ちゃん、また後でな」


半ば引きずられるようにして連れていかれた凌統の声はしばらく後まで続いていた。


「……… あ、お湯沸いた」


取り残された伊智子は少し呆然としていたが、やかんの鳴る音で行動を再開したのだった。




ピィピィ鳴るやかんに慌てて火を止め、急須の蓋を開けてお湯を入れるところでドスドスと大きな足音が聞こえた。
その足音はだんだんこちらに近づいてくるので、伊智子は思わずやかんをガス台の上に置いて立ちすくんだ。



「あ〜あ、腹減った、なんか喰うモンねぇかな」

それは、受付の方から聞こえてくる。低く、寝起き特有の掠れた声が響いた。
その声にいち早く反応したのは三成で、相も変わらず不機嫌そうな声をしていた。

「…下に降りて来る際は身なりに気をつけろ」
「おお!オース甘寧!早いじゃねぇか」

「ああ…オッス。目が覚めちまってなぁ……な〜んだよ、三成は朝からご機嫌ナナメかぁ?俺の刺青がそんなに羨ましいかよ」

「そうではない。今日から新しく配属される社員のことは聞いただろう」
「ああ、それがどうしたよ?」
「貴様は… きちんと聞いていたのか?その新入社員とは、女だぞ」

「女!?」

途端に声色が高くなる。どうやら、伊智子のことは女性だと思っていなかったらしい。
ねねさん、社員のみなさんになんて説明したんだよ。


「マジかよ!どんな女だ!? 俺としてはこう…チチもあってケツもあってギュギュッと引き締まった28歳くらいの眼鏡のよく似合う女が良いんだけどよぉ」


受付の方で空気の凍る音がする。妄想もいいとこだ。

「……なにそれっ」

伊智子は自分の体を見下ろす。胸どころか、お尻だってないし、数日のホームレス生活のせいで服から除く手首はガリガリだ。
眼鏡もかけてないし……。
なおも自分の理想を語り続ける男性に、伊智子はため息をついた。


「ブラはやっぱ赤だろ、んでよ…」
「か、甘寧。熱弁してるとこ悪いけどよぉ、新しいコ、めっちゃ若いぜ」
「アァン?」

正則が控えめに声をかけた。話を中断されたことが気にくわなそうな様子だったが、すぐに得意げにハンと鼻を鳴らした。

「デェージョオブ大丈夫。25くらいまでなら我慢してやるから」

伊智子は頭を抱えた。

すると、そこで三成の一声が。


「…丁度良い。給湯室に今いるはずだ。挨拶でもして来るがいい」


な、な、何言ってくれてるんだ、あの人は!
伊智子がわたわたと慌て出す一方、甘寧は嬉々としてこちらに向かう。


「マジかよ!早く言えよな〜。この刺青に惚れちゃわねぇか心配だぜ!ハハハハハ!」


甘寧の高らかな笑い声が頭に痛い。給湯室のどこにも隠れ場所がないと悟った伊智子は、その場にしゃがみ込み、この後浴びせられるだろう罵倒に覚悟するのだった。


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