ひみつの本屋さん。その3




「すごい、こんなにシリーズ出してたんだなぁ…」

先ほどぶつかってしまった背の高い男性に教えてもらった場所にいくと、お目当ての本がたくさんおいてあった。
似たようなデザインで外国語で書かれた表紙のものもあって間違えそうになったが、少し視線を動かすと見慣れた文字のものがズラリと並んでいて安心した。

よく見知ったものから、伊智子がもう読まなくなってしまってから刊行されたものまで、その数は十数冊におよぶ。
懐かしさに嬉しくなりながら、シリーズ第一巻を本棚から抜き取った。


この本は、まずしい暮らしをしていた主人公の少年が人助けをきっかけに、生まれ育った村を出て旅をすることになるところから始まる。
そして旅先で出会った人々や共に歩む仲間たちの助けを借りて伝説の宝玉を探していく…、という割と王道を突き進むファンタジーだった。

「懐かしい…」

私も魔法が使えたらなあ、なんて幼心にワクワクしながら読んでいたっけ。
この本の作家は外国人で、そのせいか表紙や挿絵のデザインが珍しく感じたのも魅力のひとつだった。

「……そうだ、一巻の終わりは結局見つけた宝玉が偽物で…また本物を探すたびに出るってところで終わったんだよね」

伊智子はなんだか夢中になって二冊目を抜き取った。


いまだ旅を続ける少年たちは、道中二人組の女性と出会い、仲間に加わることになる。
その二人は血の繋がった姉妹で、姉はとても人付き合いのうまい世渡り上手。対して妹は無愛想で口数も少なく、たまに口を開けば憎まれ口の、仲間とコミュニケーションをとるのが苦手な女の子だった。
主人公の少年はやがて姉のほうを好きになってしまうのだが、実は旅を妨害する敵組織の息がかかったスパイで…。


「あれ?このあとどうなったんだっけ?覚えてないなぁ…」

伊智子は本をパラパラとめくっていた手を止め、じっくり読もうとした。
―が、その手を止めて本をバタンと閉じると、さきほど取った一巻とともに腕に抱えた。

「―これ買おう」

思い出の詰まった本だから、立ち読みするよりもゆっくり座って読みたい。
そう思い、伊智子は購入を決意した。




本棚の間をすり抜けてレジカウンターに近づくと、店員らしき人は見あたらずもぬけのカラだった。

「…あれ?どうしよう。 すみませーん……」

BGMもかかっていない静かな店内のため、控えめに声をかけるが誰かが来る気配はない。
そこそこの広さがあるレジ内だが、控え室のような奥につながる扉などは見当たらないので、ここにいないと言う事は店内で仕事中なのだろうか。

もう一度声をかけようか迷っているとなにやらゴソゴソと音がして、黒い頭がカウンターの下からにょきっと生えてきた。


「は〜い。お待たせしましたっと」

「はっえ…!?半兵衛さん!?どどどどどうして!?」


いらっしゃい伊智子〜、とあくび交じりに言う半兵衛に対し、伊智子は何故ここに半兵衛が、と目を剥いて驚いた。
先ほどまで居眠りをしていたのか短い黒髪にところどころ寝癖がついている。

「伊智子、元就公達と一緒に来たんだよね?その時、ここ俺の友人の店って言ってなかった?」

「えっ、あっ、そういえば…言ってた…かも…?」

目をぐるぐるさせて戸惑う伊智子に対し、落ち着きはらった半兵衛は笑顔を浮かべる余裕さえある。
逆になんでここにいるのか、なぜ元就と来たことを知っているのかを聞くほどの余裕は伊智子にはなかった。

余裕のない中混乱する頭で記憶を掘り起こすと、確かに古い友人だとかなんとか言ってたような…。

「でしょ?だからー、俺がここにいても何の問題もないのでしたー」


「問題がないとは誰もいっておらぬが?」


「!」

けらけら笑う半兵衛の声にかぶせるように降ってきた声は、なんだか聞き覚えのあるもので。
パッと声のしたほうへ顔をむけると、そこにいたのは想像どうりの人物だった。
店内で仕事をしていたのか、本を数冊抱えてカウンターの外からこちらを伺う長身の姿。


「あ…!あの、さっきはありがとうございました!お店の方だったんですね」

「…例には及ばぬ」

ぺこっと頭を下げる伊智子に対し、その人は当たり前のことをしただけだ。と表情を変えずに言った。
そんな二人のやりとりを見ていた半兵衛は面白そうに笑った。

「あれ?二人ってばいつのまに知り合ってたの?」
「呆けていたところを案内していただけだと先ほども話しただろう。くだらない冗談はよせ」
「もう、官兵衛殿ってば冗談が通じないなあ。そんなんじゃ女の子にモテないよ」

「……」

あの半兵衛に負けず劣らずの舌戦を繰り広げていた男性は、カウンターの中へ入ると絶対的な身長差で官兵衛を見下ろす。
その迫力に全くひるまない半兵衛は面白そうに笑っていたが、二人の勢いに圧倒された伊智子の視線を感じるとパッといつもの表情に戻った。


「あ、ごめんごめん、ビックリした?この人は黒田官兵衛っていって、さっきも言ったけど俺の昔からの友達ね。顔は青白いけど優しい人だから嫌いにならないでやってね!」

「は、はぁ……」


半兵衛がぐいっと官兵衛の体を引き寄せて隣に立たせる。
レジカウンター付近は店内のほかの場所よりもいくらか照明が多くて明るい。なるほど半兵衛の言うとおり、官兵衛の顔は青白く目の下のくまが目立つことがよくわかった。

黒髪と白髪の混ざった髪の毛は全体的に後ろになでつけられていて、前髪だけが前に下ろされている。
そしてひときわ目をひく長身をこれ以上ないほど際立たせる細身のスーツを完璧に着こなした官兵衛は、どこかの雑誌のモデルのように格好が良かった。
顔色の悪さも相まって、この世のものではないような、まるで伊智子の好きなファンタジー世界の住人のようないでたちだった。


「…あ、えっと。伊智子です。先ほどはありがとうございました、半兵衛さんと同じ会社で働いてます」

そう言ってぺこりと頭を下げると、官兵衛は口元に手をあててふむ。と頷いた。

「半兵衛が上司とは。心中お察しする」

「お〜い、どういう意味?」
「言葉どうりの意味だが」

「あ、あはは…」

厳密に言うと伊智子の上司は三成で、どちらかと言えば半兵衛の直属の部下は陸遜ということになるのだが、今言うとややこしくなりそうだから伊智子はキュッと口をつぐんだ。

どうやら二人は本当に仲がいいらしい。付き合いが長いことがよくわかる。
ふざけてシクシクと泣き真似をしていた半兵衛だったが、伊智子の腕の中にある二冊の本を見ると泣き真似をやめた。

「何?伊智子、それ買うの?」

半兵衛が注目したのは伊智子の持ってきた本で、言われたとおり買うつもりだ。その二冊をカウンターに置くと、伊智子は頷く。

「はい。中学生の時に大好きだったシリーズなんです。ゆっくり読み返したくなっちゃって」

「へえ…あ、俺この本読んだことあるかも」
「え?」

表紙を見た半兵衛が思い出したように言い、驚く伊智子に「宝石さがすやつだよね?」と微笑みかける。

「翻訳されてない原典のほうだけど。フランス語の勉強してる時読んだことがあるよ」
「世界的に有名な児童書だからな。その国の言語を学ぶのに適している、と世界各国で翻訳され、いずれも広く認知されている」

「ふ、ふらんすご…」

懐かしいなあ。と微笑む半兵衛の隣で、日本語版もそのうちのひとつだ。とさも当たり前のように言う官兵衛。
確かに作者が日本人じゃないのだから、翻訳される前の本だってあるに違いない。
本棚を物色しているとき、同じ背表紙で日本語ではないものが目に入ったのはこのせいか。

半兵衛と同じ本を読んでいたと知って喜んだのもつかの間、言語が違うことに少なからずショックを受けたのは言うまでもなかった。



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