ひみつの本屋さん。その4




「でも伊智子。元就公と隆景と一緒に来たんだよね?あの二人のことだから、多分夕方までここにいると思うんだけど…」

官兵衛に会計をしてもらい、お財布からお金を払っていると横からそんなことを言われ、伊智子はええっと声がでた。
ただいまの時刻は昼下がり、ちょうど1時過ぎだ。今から夕方まではさすがに待っていられない。

「夕方…。さすがに待ってられないので、先に帰ろうかな…。声かけてきます」
「二人とも本探すのに真剣だから、声かけても絶対気付いてくれないに一票〜」

「えええ…」

半兵衛の言うことは確かに一理ある。
だとしても、勝手に帰るのもよくないしスマホから一言連絡入れておくだけでもいいだろうか。早くこの本読みたいし…。

会計の終わった二冊をぎゅっと腕の中に抱き占めて悩んでいると、それまで黙っていた官兵衛がおもむろにカウンターと店内を隔てる板を開けてくれた。

「入れ」


「…え?」
「靴は脱ぐように。土足厳禁だ」
「え?え…?」

官兵衛はさっさと背中を向けてしまってこちらの言うことを全く聞いてくれない。
伊智子が戸惑いを隠せずにいると、カウンターの向こうから半兵衛がニコニコしながら手招きする。

「伊智子、おいでおいで。ここで本読みながら二人のこと待ってて良いってさ」

「う、うそ…!」

買った本を読むためにカフェが併設されている書店はよくあるが、ここは古書店で、しかもレジカウンターの中に入れと。
客の立場であるため、カウンターの中に入ることに対してものすごい抵抗がある。
しかし笑顔で手招きする半兵衛に誘われるように、伊智子は足を踏み入れた。

「お、お邪魔します……」

靴をぬぎ、おそるおそる一歩踏み出すと毛足の長いじゅうたんがふわふわと気持ち良い。
床暖房が入っているのか、靴を脱いでもぽかぽかと暖かかった。半兵衛は床に寝そべってくつろいでいるが、その気持ちも分かるくらいだ。

「座れ。あれのように寝そべられては邪魔だ」
「え?あ、ありがとうございます…」

官兵衛がじろりと半兵衛を睨みながら折りたたみの椅子を出してくれたので、お言葉に甘えて腰を下ろす。
すると、目の前に差し出されたのはほかほかと湯気のたつ紅茶。

「飲むといい。体が温まる」
「わあ…ありがとうございます、いただきます」

さっきまで背中を向けていたのはこれを煎れてくれていたのか。
普段あまり紅茶は飲まないけど、趣味の良いシンプルなカップに注がれた紅茶を見るとすごく魅力的に感じてしまう。
同じく官兵衛に紅茶を受け取った半兵衛が、思い出したように官兵衛のすそを引っ張った。

「ねえ官兵衛殿、あれどこ?こないだ俺が買ってきたやつ」
「卿が此処で食すと勝手に買ってきた物ならそこの棚の二段目だ。場所をとってかなわん」
「官兵衛殿の煎れる紅茶にぴったりだと思って買ってきたの。はい、伊智子」

ぴょんと起き上がった半兵衛は、官兵衛に言われたとおりの引き出しを開けてなにやら丸いものを取り出した。
それはクッキーの入った缶で、蓋をあけると色とりどりのクッキーが所狭しと並んでいた。
目にも鮮やか、そしてなによりこの紅茶にぴったりすぎてよだれが出そうだ。

「いいんですか?」
「もっちろん。俺も食べよ〜っと」
「ぼろぼろとこぼして本を汚さないように。とは言っても、その本はもう卿が買ったのだから汚そうが濡らそうが勝手だが」
「よ、汚したくないので気をつけます…」




敵の手先であった姉は一行から姿を消して妹だけが残り、仲間の誰もが妹一人残って何の役に立つんだと不満に思っていた。
しかし蓋を開けてみると、実は魔力の扱いにとても長けた優秀な白魔術士だったのだ。
今まで傷ついた仲間の治癒などをしてくれていたのは姉だったが、本当は姉の命令で妹の魔力をあたかも姉のもののように見せていただけだった。
口が悪いのも不器用なだけで、きちんと関わっていくと妹は姉に利用されていた哀れな、しかし愛に溢れた人だということがわかった。
仲間たちは今までの非礼を詫び、これからも一緒に旅をしてほしいと懇願する。
心優しい妹はもちろんそれを了承し、仲間としての絆がぐっと強まったのだ。

優秀な白魔術士を加えた一行はますます波に乗り、目的地へと順調に進むことができた……。


「それ、ちょっと官兵衛殿みたいな子出てくるよね」


第二巻を読んでいた伊智子は、ある程度読み進めたところで休憩に紅茶を一口飲んだ。
そこで寝そべりながらクッキーをぼりぼり食べていた半兵衛がはなしかけてくる。

「二巻の途中で仲間になる、姉妹の妹のほう」
「ああ……」


「近寄りがたいし口も悪いけど、誰よりも白魔法が上手くて、不器用で、悪が嫌いな人。」


「半兵衛…。どうやら紅茶のおかわりはいらないようだ」
「いるってば〜。もう、褒めてるのに。官兵衛殿の照れ屋さん!」

いつの間にか背後に佇み、ティーポットを片手にすげなく言い放つ官兵衛。
空のカップを差し出してわざとらしく擦り寄る半兵衛を冷ややかに一瞥したあと、仕方なくといったふうにおかわりがそそがれる。

「あ〜…。やっぱり官兵衛殿の煎れる紅茶ってば最高に美味しいや…」

ほかほかと湯気のたつ紅茶を美味しそうに一口飲んだ半兵衛は今にも寝てしまいそうなくらいリラックスしていた。
そんな様子を微笑ましいな、と思った伊智子は、先ほどの会話の流れで思いついた話を口にする。


「それなら、半兵衛さんは踊り子ですね」


ゆらゆら揺れる紅茶の水面を眺めていた半兵衛にそう話しかけた。

「…踊り子〜?俺、そういうキャラだっけ?」

半兵衛は少し不満そうだった。
この本に出てくる踊り子は天真爛漫、明朗快活な可愛らしい女性で、一行の雰囲気を明るくしてくれる重要なキャラクターだった。
しかしそんな彼女にも欠点があるもので。

「いつも明るくて周りを元気にしてくれて…、でも地雷を踏むと一番怖い……最年長」

途中までフムフムと聞いていた半兵衛だったが、最後の言葉を聞くと一瞬無表情になり、次の瞬間ものすごい笑顔へと変わった。
口元は笑っているけど目が笑っていないタイプの笑顔だ…。

「伊智子、俺に向かってよく言うね…喧嘩売ってる〜?」
「うう、売ってません売ってません売ってません!!」

伊智子はぶんぶんと首を振って否定した。どうやら地雷に片足を引っ掛けてしまったかもしれない。
ちょっと怖くて半兵衛のほうが見られないけど、横から官兵衛がクッキーをひとつくれた。

「あ、官兵衛殿、伊智子のこと甘やかしてる〜贔屓だ贔屓だー」
「功をねぎらうのは当たり前の行為だ」
「こ、功って…。あはは…」

官兵衛さんはいつも半兵衛さんに何を言われているのだろうか…。
そんなことを考えながら小説の表紙に目をうつす。


主人公を取り巻く仲間は複数いる。


一巻から一緒に旅を続けてきた、鳥遣いの母と音楽家の娘の親子。そして見た目は一番若いが、実は最年長の踊り子の女性。
そして二巻では白魔術士の女の子と、途中離脱するがその姉が登場する。

不思議なことに、今日ここにいる全員に要素が当てはまる気がして少し面白かった。


「元就さんは鳥つかいで、隆景さんはその娘の音楽家みたいですよね」

その親子は村を出てすぐに仲間になるのだが、野営時には鳥遣いの母が呼んだ野鳥の羽の下で眠り、音楽家の娘の奏でる音楽で主人公は穏やかな夜を過ごすことができた。
どちらもおっとりとした性格だし、そこが元就・隆景親子に少し似ていると思う。

そう言うと、物語のわかる半兵衛もうんうんと大きく頷いた。

「じゃあ、伊智子は主人公の少年ってことで…旅の仲間が集まったね!」

「ええ?!」

「ぴったりじゃん、一生懸命なところとか」
「そ、そうですか〜…?ド貧乏だったことしか共通点が見つかりませんよ……」

「………」

官兵衛が訝しげな顔をして伊智子の顔を見つめていた。
その視線に気付いた伊智子は、そういえば官兵衛さんは会社の人じゃなかったんだ、と思い出す。
半兵衛とのやりとりを見ているとつい身内のように思ってしまっていけない。


「ああえっと、うち昔貧乏で…親も交通事故で死んじゃったので一時期本当に一文無しだったんですよ!今は無事にこの会社に拾われて命拾いしていますが……」



「…そうか」


伊智子の身の上話を聞いた官兵衛はそれを聞いても表情を変えなかったが、もう一枚クッキーをくれて、紅茶のおかわりをついでくれた。

官兵衛さんは優しくて紅茶をいれるのが上手で、クッキーは美味しい。

半兵衛がここに入り浸るのも分かる気がする。伊智子はそんなことを思いながら紅茶を一口のんだ。

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