新年の幕開け-2019-



”伊智子。起きな…伊智子ったら”


しずかに体を揺さぶられる感覚があったが、まだ心地よいまどろみに沈んでいたい。
そう言うように身をよじって体を丸める。


“んもう。この子ったら。全然起きないねぇ”

“こんな奴、置いていけばいいんじゃないですか”

“そう言うな三成!せっかくだし皆で行こうや”


ぼんやり。
ガラスの向こうで誰かがしゃべっているような、そんな感覚がある。
うるさくって何度もまどろみから引きずりだされそうになるけど、そのうるささが逆に気持ちが良かったりする。


“そうだよ!せっかく伊智子に着てもらおうと可愛いお着物買ったのに”

“なーなー早く行こうぜー、甘酒なくなっちまう!”

“伊智子が起きてからだろ、馬鹿”



「もーう、伊智子、おーきーて!!」



がばっ!!!


「うわっ!!」

「やーっと起きたね。おはよ、伊智子」

「お、おはよございまぴゅ…」

急に衝撃をうけて、びっくりして飛び起きた。
ぼんやりする頭でまわりを見ると、細い腕にぎゅっと抱き締められていることに気づいた。

「伊智子は寝ぼけてても可愛いね。ずーっと抱き締めていたいよ」
「ああ…あの…すみません…苦しいです…」
「…………」

ねねさんの豊満な胸を押し付けられてドギマギしてしまった。清正さんの視線が怖いので離れてもらう。

「おや!ごめんごめん、つい夢中になっちゃった。顔洗ったらあたしの部屋においで。おめかしして初詣にいこう」
「ああっそうでした!寝坊してごめんなさい!」
「いいのいいの。じゃあ準備して待ってるからね」

今日は元旦。
秀吉社長、ねねさん、石田さん、清正さん、正則さんと一緒に初詣に行く予定だったのだ。
日付が変わってみんなと新年の挨拶をして、就寝するのはいつもと変わらない時間だったはずなのに体はやっぱり疲れていたみたいで。
すっかり日も高く昇っているのに、ねねさんホールドをうけるまでここでぐーぐー寝てしまっていた。

「みなさんごめんなさい、すぐ支度してきますね」

「ええ、ええ。おなごの支度には時間がかかるもんじゃ、たっぷりめかしこんでこい!儂らは飲んで待っとるから。なっ正則」
「叔父貴最高!正則、いくらでも飲みまーす」

すでに部屋の隅には空のビンがいくつも転がっていたが、正則さんはまだまだ飲むつもりで新しい酒瓶を掲げた。
その光景を石田さんだけが冷ややかに見つめていた。

「おい正則、酔いつぶれたら置いていくからな」
「う…なるべく急ぎます!」

「おい、伊智子」
「わっびっくりした。清正さん」

急がないと正則さんが酔いつぶれてしまうかもしれない。
そう思ってすっくと立ち上がると、清正さんがいつになく真剣な表情で行く手を阻んだ。

「その…おねね様の抱擁はどうだった?やはり柔らかかったか?匂いは?」

伊智子の眉間にしわが寄った。

「え?は?なんですか…!?顔が恐いんですけど」
「ちゃんと答えろ!伊智子!どのぐらいかぐわしかったかと聞いているんだ!」
「ひいぇええ……」

肩をぐいっと掴まれて、鼻息までかかりそうなくらいに顔が近づく。

「ひっ…ひみつです!ひみつ!!さようなら!」

「あ!おい!待て!!」

私はその鬼気迫る表情に怖くなって、ついその場から逃げ出してしまう。
階段を駆け下りるとき、清正さんの声が聞こえたけど無視してしまった。


「逃げられたか…くっ…」
「馬鹿か貴様は」

一人残された清正が拳を握り締め悔しがる背後で、秀吉と正則の酒盛りを眺めながらみかんをむいていた三成はそう吐き捨てた。






年末年始。
ここクリニックMOも長いお休みにはいる。

いつもはたくさんの人で溢れかえっているビルも、この時期だけはがらんとしていた。
みんな地元に帰っていってしまったのだ。

実家のない私はもちろんビルに残った。

政宗にいちゃんが小十郎さんの家に行くからお前も来いと言ってくれたけど、家族同然の政宗にいちゃんと違って私は初対面。
せっかくの年末年始、家族団らんを邪魔しては悪いと思ってお断りしてしまった。

蘭丸さんや、馬超さんや馬岱さん、関平さん兄弟、その他のみなさんも一緒に帰らないかと声をかけてくれた。
徐庶さんもご友人のみなさんと会うから遊びに来ないかと誘ってくれたし、李典さんからもいつでも来いとスマホに連絡があった。

それでもなんだか気が引けたし、どうしようか迷っていたところだ。
どこからともなくねねさんがやってきて、ぐいと私の腰をひいて一言。


「ゴメンね、皆!今年はうちが伊智子もらっちゃった!」


びっくりしてねねさんの顔を見つめる私と、ねねさんのニコニコした横顔はさぞ対照的だっただろう。
しかしそれを聞いたその場の人達はやけに納得して、数日後には全員「よいお年を!」と地元へ帰っていってしまった。

荷物を抱えてビルを後にする皆を、ねねさんと2人でお見送りをした。
だんだん小さくなっていく背中に手を振りながら、こそりとねねさんに声をかけた。

「あの…ねねさん。本当にいいんですか?社長や、石田さんとかと過ごすんじゃ…」
「何遠慮してるの?今年は絶対、伊智子と年越しするってうちの人達と話してたんだから!」

おせちや年越しのごちそうは楽しみにしていてね、とねねさんは楽しそうに言う。
その時ぴゅうと冷たい風がふいて、思わず縮こまる私の肩をギュッと抱くねねさんのぬくもりが心に沁みた。



そして大晦日。

ビルの最上階。
社長夫妻のプライベートなリビングで秀吉社長、ねねさん、石田さん、清正さん、正則さんとでにぎやかな年越しを過ごした。
ねねさんの料理の美味しさは毎日の食事で知っていたが、その日はなんだか輪にかけて美味しかった…。


「はい、できた!うん、想像したとおり、とっても可愛いよ!」

大晦日が楽しすぎて元旦の今日はつい寝坊してしまったが、ねねさんはそんなことを気にすることなく着物を着付けてくれた。
白い花がところどころに描かれた可愛らしい朱色の振袖で、しゃらしゃらと揺れる髪留めもつけてくれた。
私の髪は肩にも届かない長さではあるが、パチッと髪の毛を挟んで留めるだけで固定されるものだ。

「髪は結えないけど、これなら問題ないね。うん、可愛い、可愛い」

「わあ…ありがとうございます!」

袖を揺らして喜ぶ私を、ねねさんは本当に嬉しそうに笑いながら見ていた。

「女の子はやっぱり良いね。可愛い可愛い」

柔らかい手が頭をなでてくれて、私は嬉しさと恥ずかしさで、なんだかモジモジしてしまった。

「いつもは色気もそっけもない真っ黒なスーツだもんねえ。たまにはスカートとか着る機会があればいいのにねえ…。あ、全員強制の女装の日とか作るかい?それなら気兼ねなく……」
「そ、それは…かわいそうなのでやめてあげてください…」

とんでもないことを言われてあわてて拒否すると、ねねさんは「そうかい?良いと思うんだけどねえ」とかブツブツ言っている。
そんなことが決まったら、きっと誰かが力づくで臨時休業にでもしそうだ…。



ねねさんの部屋から移動して、みんながいるリビングに戻る。
扉をあけて一番に気付いてくれたのは秀吉社長だった。

「おお、伊智子!よう似合うておる!」
「伊智子ー!かわいいじゃねえか!七五三みたいだぜ」
「褒めてるのか?それ…。伊智子、よく似合ってる。……おねね様もよくお似合いです!!」

清正さんの言葉に思わず振り返ると、いつの間にか着物に着替えたねねさんが立っていた。

「えっ!?あっ、ねねさん…いつの間に」
「清正、ありがとね。さ、みんな上着を着て。出かけるよー」
「ねね〜!今日は一段と輝いておるのう!」
「んもう、お前様ってば」

私のものとは違い、からし色の着物をよく着こなしている。
綺麗なねねさんの姿に秀吉社長は飛びついて、綺麗だ綺麗だと褒めそやしていた。


「普通に似合っているではないか」

元旦からいつもと変わらずラブラブっぷりをあてつけられた。
ふと隣を見ると石田さんがソファに座ってみかんを食べながらこちらを見ていたので、ちょこんと隣に座った。

「石田さん、どうですか?」

袖の柄もよく見えるように腕をあげてみる。

「その姿なら、さすがに男には見えない」
「……石田さんも着てみます?」
「馬鹿を言うな。…風邪をひくなよ」

暖かいお茶の入った湯のみを手渡された。
石田さんの煎れたお茶だ。一口飲むと、わずかに緊張で強張っていた体がゆっくりとほぐされていくようだった。

「ありがとうございます、美味しいです」
「……ふん」

新年から石田さんの美味しいお茶が飲めるなんてラッキーだなあ。
そう思っていると、秀吉社長の大声が響く。

「さあお前達、そろそろ行くで!」

その声を聞いて石田さんがすっくと立ち上がった。
よくよく見ればもう上着もマフラーもしっかり用意している。用意周到だなあ。

「伊智子。手」
「あ、はい」

ソファから立ち上がろうとすると、慣れない着物にまごついてしまった。
すると石田さんが手を差し出してくれたので、おずおずと手をとる。
ぐっと手を引かれて一瞬で立ち上がると、パッと手を離された。

「行くぞ。足元に気をつけろ」

「は、はーい」

前をすたすたと歩いて行ってしまう石田さんの背中を一生懸命追いかける。
ああ、なんか仕事している時とあんまり変わりないかも…。
今年1年もきっとこんな感じなんだろうなあ。

お参りするとき何をお願いしようかな。そんなことを考えながら、一行は仲良く連れ立って歩いて行った。





あけましておめでとうございます!2019年もよろしくお願いします。チップ/Eだ
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