3人も見ていた!



若者らがいなくなったエントランスにて。

各々仕事の準備にとりかかろうとしたのだが、一人三成だけがホールへと向かう。
不思議に思った面々がそちらを見ていると、視線を感じ振り返った三成は3人へ「来い」と声をかけた。

「んだよ。仕事はどうすんだ」
「時間はとらせん。話がある」
「…ったく自分勝手だな。朝一で予約が入ってるってのに」
「まあまあ。殿のあれは今に始まったことじゃないでしょう」


「いいから黙って来い!!」


足と一緒に口も動かす3人に青筋をたてて怒鳴った三成だったが、もちろん黙れと言われて黙った者は誰もいなかった。





「…吉継からそれとなく話は聞いていたのだが」

「あん?」

ソファにどっしりと腰を落ち着けた三成は腕を組み、たまたま目の前に座っていた甘寧を睨みつけながら言った。
三成の発言をいまいち理解できなかった甘寧は、とりあえず負けじと睨み返す。


「織田も落ちぶれたものだ」


そう言って鼻を鳴らした三成に、凌統が織田?とつぶやきをもらす。

「織田…って蘭丸が通ってる高校のことかい?」
「ああ、確か吉継さんはそこで教鞭をとってたんでしたっけ」

「…………………」

三成はそこで押し黙る。
その沈黙が頭の中にちらついていた可能性を確実なものにしているようで、3人もしばらく声を発さなかった。

蘭丸の様子。

三成が織田の教員から聞いたという話。


それらが合わさって意味するのは、つまり。



「……シメるか」


地の底を這うような声で甘寧が言い放った言葉は、静まり返ったホールに響き渡る。
甘寧は今にも人を殺しそうな顔をしていた。

「…あんた馬鹿か?そんなことして通報でもされてみろ、こっちが迷惑だっての」

凌統は呆れ返って言ったが、気持ち的には甘寧と同じような感じがした。
ただ凌統の方がまだ世間体を気にしたり、理性が働いているだけだ。

「子ども同士の問題ですからね。吉継さんも手を出しにくいんでしょう」
「おおかた伊智子も、その現場なりを目撃したんだろうな」

「…そうなっちゃ、ほっとけないよなあ…あの二人、姉弟みたいだし…」

伊智子は今どき珍しく素直な子どもだから、蘭丸が悲しい顔をしていると同じように悲しくなるのだろう。
普段から仲の良い間柄だし、年も近い。喧嘩したり笑いあったり、凌統の言うように本当の姉弟のような2人なのだから。

何かいい方法はないものかと、大の大人が4人額をつき合わせてしばし思案する。
するとその時、慌しい足音が響く。


「おお、お待たせしましたーー!!!って、みなさんまだいたんですか!?も、もう時間ヤバイですよ!?」

な、なんか余裕ですね!?とゼエゼエ息をしているのは、足がもつれるんじゃないかと思うくらい急いで階段を降りてきた伊智子だった。


自分は尻を叩かれて過去一番急いで支度をしてきたのに、上司をはじめとする4人はいまだにテーブルを囲んでなにやら難しい顔をしていた。ちらりと時刻を確認すると受付時間まで全くと言っていい程余裕がない。
あのにどこか仕事そっちのけな感じで井戸端会議なんて、珍しい…。

そんなことを考えていると、当の三成が一番先にテーブルを立つ。

「お前に言われるまでもない。伊智子、お前こそさっさと仕事にかかれ」
「うっ。はいぃ…」

一人ワタワタしている伊智子の姿を一瞬見た三成はつらりと言い放ち、さっさとホールを出て行った。
返す言葉もない伊智子は一人肩をすくめ、小さくなってしまう。

「伊智子ちゃんに言われちゃ仕方ないな。お仕事しますか!」
「よっしゃ、今日もやっか〜」

凌統と甘寧はぐうっと腕をのばして伸びをした。
そして二人は伊智子の頭をポンポンと叩いてそれぞれの仕事場所へ向かって行った。

「さあ伊智子さん。今日も頑張りましょうね」

「うぅ…はいぃ〜…頑張りますぅ…」

最後に左近に励まされ、受付スペースで今日の予定を確認する。
今日乗り切れるかなぁ。なんだか仕事をする前からへとへとになってしまった伊智子であった。





時刻はようやく日付をまわった。
伊智子は受付を締め、いつもどうり書類の整理や掃除をしていたその時、ふと思い出したことがあった。

このあいだ李典の家で飲み会をした帰り、政宗と2人で蘭丸を家まで送って行った。
その時に出逢った蘭丸のご両親が口にした、すこし気になる発言のことだ。



『この子は同年代の子と付き合うのが苦手みたいで心配していたんだけど…あなた達みたいなお友達がいてくれて安心したわ』



「あの言葉って、もしかして…」

あの発言は、今回のことと関係があるのかもしれない、と伊智子は思った。

とすると、蘭丸が受けている嫌がらせは最近始まったことではないのかも。
蘭丸の性格からして、親御さんに相談をするようには思えない。
それでも親御さんが何かを察しているということは、学校側から何か親御さんへ連絡があったのではないか…?

…なんとかしてあげたい。

今日の蘭丸の様子を見れば、精神的にひどく追い詰められているのは明白だった。

しかし、部外者の自分にできることは限られている……。


そんなことを考えていると、誰かが受付のガラスをコンコンとノックした。その音でハッと現実に戻る。


「……左近さん?」


後ろを振り向くと、そこには左近の姿。
ホールの掃除をしていたのか、手には掃除用の布がひとつ。

「伊智子さん、大丈夫ですかい?せっかくの休日だったのにすみませんね」
「左近さんが謝ることじゃ…それに、蘭丸さんがバイトに行くところを引きとめたのは私ですし」

おっと。そうでしたね。なんて言う左近はニヤニヤ顔。
意味がわからず首をかしげていると、左近は内緒話をするように声をひそめて言った。

「上の階からはね、あの公園丸見えなんですよ。だからあの場にいた者は全員見てるし、事情もなんとなく察しましたよ」

いやー、感動的でしたねえ、伊智子さんと蘭丸さんの感動的な抱擁。
と、まるで映画の余韻にひたるような言い方だ。

まさか見られていたとは思わずに、伊智子は一瞬で顔に熱が集まったのがわかった。

「み、見てたんですか…」
「まあ、見えちまったもので」

「うう…」

左近だけならまだしも、三成と凌統と甘寧の3人にもばっちり見られていたなんて。
今にして思えば遅刻して来たとき、珍しく何も聞かれないなあ、とは伊智子も思っていた。
まさかその理由が、あの一部始終を見られていたからだとは…。

4人とも言ってくれればよかったのに…と心の中で恨み言をひとつ。

(ん……?)

その時だ。

伊智子の頭の中に、ある一つのアイディアが浮かんだ。


見た目迫力たっぷりの4人ならできそうなこと。


もう蘭丸の悲しい顔は…見たくない。


「…左近さんっ!お願いがあるんですけどっ!」

「この左近にできることならなんでも聞きましょう、伊智子さん」


左近はうやうやしく礼をして、少し芝居がかったようにそう言った。

とても様になっていてカッコいいのだけれど、どうしても手に握られたぞうきんが気になってしまう。
真面目な話をしているはずなのに、伊智子は思わず噴き出してしまいそうになるのを堪えるのが大変だった。

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