蘭丸は見た!



月曜日。
時刻は3時をまわった。
私立織田高校は帰りのHRの時間だ。


「それでは皆、気をつけて帰るように…あ」


担任が出席簿をパタンを閉じながら、そうだ。と何かを思い出したように言った。

「週末は複数の教科で小テストがあるからなー。毎日の予習復習に加え、テストに向けた自習はしっかりと行うように。では、号令」

「起立、礼ー」

数日後に迫る小テストへの対策にきちんと釘を刺され、クラス委員長の号令をもち、HRは終了した。

授業を終えた面々はそれぞれ部活へ、塾へ、自宅へと向かっていく。
誰しもが1日の授業からの開放でどことなく晴れ晴れとした表情をしているのに対し、どんよりと曇ったオーラを放っているのは蘭丸ただ1人であった。


(今日はアルバイトのない日だから、すぐ家に帰って勉強しなければ…)


蘭丸の頭の中に寄り道やサボり、などという単語は存在しない。
生まれつきの真面目な性格に加え、本来であれば禁止事項のアルバイトを許可してもらう代わりに成績上位の維持は絶対条件となっている。
織田高の偏差値はもともと高く、その中で上位をキープするにはふらふらと遊んでいる暇はないのだった。


(はあ……)


音もなく吐かれた吐息は重々しい。
クラスメイトが一人、また一人と教室を出て行く中、蘭丸は一人頬杖をついて窓の外を眺めていた。


(伊智子や、クリニックの皆さんに会いたい…)


先週金曜日、蘭丸は初めて自分の悩み事を人に話した。そして、年甲斐もなく号泣した。
そして年上の後輩に抱きしめられて、慰められてしまった。


自分はしばらく前からクラスメイトに嫌がらせを受けている。理由は定かではないが、人に聞いた話では成績順位の逆恨み。


くだらないことをされているのはわかっている。
嫌なことを言われても、気にしなければいい、相手にしなければいいということも。

でも、いくら頭で理解していてもどうにもならないことだってあるのだ。

お風呂に入ってるとき、夜眠るとき、一人で勉強をしている時。
ふと、吐かれた暴言や攻撃的な視線を思い出し、何も手につかなくなってしまう。
頭がボーッとして、むしょうに泣きたくなることもある。

(彼らより成績が悪くなれば、もううるさくは言われないのでしょうか…。)

しかし、成績を落とすことだけは蘭丸には出来なかった。
今以上に学年順位を落とせば、アルバイトを辞めさせられてしまう。
彼らの順位は知らないが、毎回廊下に貼りだされる成績順位一桁の中には名前がなかったはず。

それ以下まで成績を落とすとなると、相当な順位になるのは明白だ。


(それだけは嫌です…)


だが、それはつまりアルバイトの停止に繋がる。

クリニックで学ぶことは学校の勉強以上に広く、深い。
従業員も経験豊富な人材が多い。話をするだけで勉強になることばかり。
伊智子だって少し頼りないが、今では蘭丸の一番の友達と言ってもいい。
それくらい恵まれた環境なのだ。

そしてなにより、あのクリニックは蘭丸自身が一番尊敬する織田高の理事長、信長に勧められた職場。
そこを成績ひとつキープできずに辞めるなど、言語道断だ。


(………っ)


蘭丸はしばらく押し黙っていたが、やがて意を決したように立ち上がり、鞄を片手に教室を出ていった。


(やはり、蘭1人が我慢すればよいことです。もう3年なのですから、あと1年間辛抱するだけです)


帰宅する生徒達の波にまぎれ、蘭丸は生徒玄関を出る。


(……あっ…………いやな姿を見つけてしまいました……)


目の前に、件の3人の背中を見つける。
先ほど強い決意をしたばかりなのに、足取りが少しばかり重くなったのは気のせいか。
蘭丸は思わず俯いてしまったが、ここで弱気になっては思うツボだ、とキッと視線をあげる。


「……!?」


しかし、再び眼前に飛び込んできた光景はにわかには信じがたいものであった。



「あ……あれは、伊智子?と…皆さん…なぜここに!?」



3人の前に立ちはだかるように立っているのは、伊智子をはじめとしたクリニックの人たちだ。

(先生方に見られて通報でもされたらどうするんですかーーっ!?)

大柄な男達に気圧され、同級生の3人が明らかに動揺しているのが後ろからでも見て分かる。
すこし彼らに同情してしまいそうなレベルの怯えようだ。


「………、ああっもう!見てられません!」


蘭丸は一旦辺りを伺うように見渡したが、やがて半ばやけくそのように彼らの元へと走っていった。


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