大切な記憶
歳が2つ上の政宗にいちゃんは私が住んでた団地のお隣さんだった。

私が小学校4年生の時に引っ越していってしまったけれど、それまでとてもよくしてもらっていたのだ。
うちは両親が共働きだったから、一人で食事をすることが多いことを知った政宗にいちゃんのお母さんが晩御飯に呼んでくれたり、逆にうちの両親がお休みの日はうちでご飯を食べてたりした。今となってはもう二度とかなえられないことだけれど…

子供の頃の政宗にいちゃんはとても格好良くて、優しくて、困ってる子を見つけるといてもたってもいられない人だった。
私に対してもとても優しくて、口調はすこし乱暴だけどそれは素直になれないだけで、心の奥底の優しさが私にはきちんと伝わっていた。

そんな政宗にいちゃんとの分かれの日は、それはそれは大声で泣いてしまったのを覚えている。

『やだ!政宗にいちゃん、いかないで』
『泣くな伊智子。手紙を送るから。大人になったらいつでも会える』

政宗にいちゃんは、トーホクの中学校にいってしまう。
とても頭の良い子たちしか入れないところなの、政宗くんは頑張って勉強してたのよ、えらいわねってお母さんが言っていた。

『伊智子も政宗にいちゃんの学校いく!!』
『…儂が行くのは男しか入れぬ学校じゃ。諦めろ伊智子』
『じゃあ伊智子、男の子になる!』

それまでほほえましそうに私達を見ていた大人たちがギョッとした。
政宗にいちゃんは、はあーと大きいため息をついて私の肩に手をついた。

『男になるなどと申すな伊智子。良いか、父上と母上の言うことをよく聞き、儂がいなくても勉学に励めよ。』
『さみしいいぃ…』
赤ちゃんみたいに涙をぽろぽろこぼしながらしゃくり上げる私を見て、政宗にいちゃんは目を少し細めた。

『儂もさみしいし、離れたくない。が、今はまだ子供だから仕方ないのじゃ。聞き分けよ』

そう言って私のあたまを優しく数回なでてくれた。そのときにはもう私もだいぶ落ち着いて、「うん」と静かに頷いた。政宗にいちゃんは、良い子じゃ。とまた頭を撫でてくれた。



政宗にいちゃん達を乗せた車と、引越し屋さんのトラックがどんどん小さくなっていくのを、私はお母さんの腰にしがみつきながらじっと見つめていた。

その後何回か政宗にいちゃんとその家族からお便りや贈り物が届いてやりとりをしていたが、3年もしないうちにそれはぱったりとなくなってしまった。

大人になったら、会えるんじゃなかったのか。
私のことなど忘れてしまったのか。

送った手紙の返事がないことや、そのうち住所不明で送り返されてしまった手紙を見て当時は大分落ち込んだが、私も私でだんだんと政宗にいちゃんのことを忘れていった。
そして親が死に、生活もままならなくなって、ここにたどり着き、まさか再会することになるとは夢にも思わなかった。







背はのび、体格もがっちりして、髪の毛も伸びた。
顔立ちは彼のお父さんによく似ていた。
少し近寄りがたい雰囲気と眼帯にびっくりしたけれど、昔の面影は十分あった。
なにより自分を見つめる瞳の色はかつての政宗にいちゃんとなにひとつ変わっていなかった。



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