喧嘩するほどなんとやら
「蘭丸さんや、お2人以外にも学生の方でバイトとしてここで働いている方っていらっしゃるんですか?」
棚から湯のみを用意して、あとはお湯が沸くのを待つだけ、というところでくるっと後ろに振り返って聞いた。

それに答えたのは楽進で「ええ、いますよ」との返事だった。

「たださすがに高校生は蘭丸殿一人だけで、あとは全員私たちのような大学生ですね」
「さっき凌統の客相手にしたから聞いたけど、陸遜に会ったんだろ?あいつも大学生。今年卒業って聞いたけど」
「り、陸遜さんも…」
「バイト組は大体週2,3でシフト組んでるけど陸遜はがっちり入ってんなあ。あいつ真面目だしな」

「李典殿には無理ですね」


楽進のその言葉に李典の片眉がつり上がった。


「お前にも無理だろうが!やれ剣道の稽古だ空手の試合だって俺何回シフト変わったか覚えてんのか!?」

「李典殿こそ『今日は行かないほうが良い予感がする』って完全に今起きた声で電話してくるではないですか」

ちょっと待て。

なんか嫌な雰囲気になってきた…。
李典と楽進は体格がいい上にソファに隣あわせに座っているため、ただの言い合いでもなんだか取っ組み合って喧嘩をしているような雰囲気がある。顔ちかいし。殴り合いに発展しそう。

「うるせえ!てかお前習い事多すぎんだよ!いっこ減らせ」
「それは絶対にできません!それに、李典殿に指図されることでもありません!」
「あの、お2人とも落ち着いて…」



「うるさい!伊智子」

「李典殿!伊智子殿に乱暴な言葉使いはおやめください!」


そこでも喧嘩すんな!あああもうどうすればいいんだよ
  ピーッ!
頭を抱えたところでちょうど良くやかんが鳴った。
その音で我に返ったらしい2人は


「悪い…」
「すみません…」


と謝っていた。伊智子に向かっても謝罪をしてきたので、慌てて「大丈夫です」と返す
仲よさそうだけどめっちゃ喧嘩するな、この2人…てか李典さんは寝坊でバイトサボってるのか。よくクビにならないな。






伊智子がいれたお茶を三人で仲良く飲む。
その時なんとなく、「ここでバイトしようと思ったきっかけってなんですか?」と聞いてみた。

「大学のOBに夏候惇殿という方がおられるのですが、その方に腕っぷしを活かせてなおかつ割のいいバイトがあると教えて頂いたのです」

「俺も同じ。でも楽進とはここで会ってはじめて同じ大学って知ったな…。
 そういや蘭丸も知り合いに紹介されたって言ってたし。他の奴も大体そうだな。
 ま、普通に考えて紹介じゃないとバイトであろうと雇ってもらえねえよな、こんなとこ」

「確かに…」

そんな会話をしている時、ふと壁にかけられた時計をみると21時にさしかかりそうだった。

伊智子はあわてて立ち上がり、「あ!もう戻らなきゃ」と言った。

「では湯のみは自分が洗いましょう。お茶をついで頂きありがとうございます」
「あ…えっと…いいんですか?ありがとうございますっ!」

伊智子は頭を下げ、楽進に湯飲みを渡した。
ではお先に戻ります、と伊智子が背を向けようとした時、李典が急に声をかける。

「なあ…さっきすごい気になったんだけど、なんで蘭丸に対して敬語なの?年上なんだろ?」


と李典が聞いてきた。すると伊智子は

「だって先輩ですから!」

と笑った。








ぱたぱたと伊智子が受付へ戻っていく。
手に伊智子から受け取った湯のみを持っている楽進に向かって李典は
「…何考えてんだよ?」
とニヤついたが、楽進は至って真面目な顔で
「何も考えておりません!!」
と李典の湯のみもひったくって流し台へと向かった。
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