お気に入り宣言


「………あなた方、なにをやっているのですか」

こ、小十郎さん!!!
必死で名前を呼ぶと本当にきてくれた。
あきれ果てた声がする。なんでもいいから早くこの人から離れたい。

「私といる時に他の男の名前を呼ぶなんて、いただけないな…」

「ちょっと!もういい加減にしてください!」

「……ご無礼ながら、お戯れはそこまでに。郭嘉様」
「おや…お目付け役がお怒りのようだね」

そう言うと手をパッと離してくれた。私はその隙に小十郎さんの後ろへと逃げる。
私が離れると、男の人はテーブルに手をついて何事もなく立ち上がった。元気かよ。

「伊智子様…」

真上から厳しい声が降ってくる。怖いけれど、さっきまでの言葉が通じない恐怖よりよっぽどましだ。

「す、すみません…」

素直に謝ってシュンとしていると、小十郎さんは大きくて長いため息をついて言った。

「…まあいいでしょう。郭嘉様。新人をからかうのはおやめ下さい」
「おや、ひどい言い分だなあ。からかったつもりはないんだけれど」
「郭嘉…さん?」

小十郎の後ろからひょこっと顔をだしてそう呟く。
少し前に、よく聞いた名前。

伊智子の呟きを拾った郭嘉は、片手を差し出しながら言った。


「はじめまして。私は郭嘉。ここで医師として働いているよ」


そのまま自己紹介を受けたので、あわてて私も手を差し出した。


「あ、はい、受付兼雑用係の伊智子と申します。よろしくお願いしま…」
「失礼致します」

が、その瞬間伊智子の手と郭嘉の手の間に小十郎の手が入り込んだ。

郭嘉は手をひっこめて肩をすくめた。小十郎に向けて困ったような目線を向ける。


「ひどいじゃないか、せっかく伊智子殿に触れられるいい機会だったのに」
「!?ひい…っ!」
「郭嘉様」
「冗談だよ。そんなに怖がられると…悲しいな…」

本当に落ち込んだ顔をしてくるので、なんだか申し訳なくなってくる。

「あ…えっと…」

「伊智子様」

と思ったのもつかの間。
小十郎の地を這うような声で我に返る。
またからかわれたのか…むかつく…。


「いやあ、伊智子殿は本当にかわいらしいね。ふふふ…」


くそっ。

「…郭嘉様」

郭嘉さんが冗談を言うたびに小十郎さんの目がつり上がっていく気がする。やばい、こわい。

郭嘉と小十郎の顔を交互に見比べ、おろおろしていると――






「おーい、小十郎さん!どこまで人探しに行ってんだ?もう終礼始まるぜ!」




この場の雰囲気をぶち壊すレベルの明るい声が響いた。

その声を聞くと2人の間の雰囲気もフッと軽くなったような気がする。

「おや…お迎えが来たようだね」



そこには始めてみる男の人がいた。


「あれ?お前…見ない顔だな。バイトか?」
「あっ…はじめまして。受付兼雑用係の伊智子といいます」

そう言って頭を下げると、あー、お前かー!との声。
真ん中分けの前髪と、つんつんした後ろ髪、気持ちのよい笑顔が印象的なその人は私の手を奪い取ってぶんぶん上下に振りながら笑った。


「俺は張苞!ここで医師のバイトやってんだ!よろしくな!!」

「はっはい!よろしくお願いします…!!」

ぶんぶんの勢いがすごすぎて首がガクガクいう。
若干気持ち悪くなったところで手を離してくれた。


「ひどいなあ伊智子殿、私には手を触れさせてくれなかったのに…」

「?郭嘉さん、何の話してんだ?とりあえずさっさと行こうぜ!」
「はっ、はい!」

こりずに冗談をこぼす郭嘉をスルーして、張苞は先頭に立った。それに続くように伊智子も小走りになる。


「…今度の新人の子はいい感じだね。気に入ったよ」
「…そのことには多少同意しますが、郭嘉様に目を付けられてしまったことは非常に残念です」
「あはは、小十郎殿も気に入っているようだね」
「………」


うん、楽しくなりそうだ。郭嘉は笑い、小十郎は厳しい顔をして眼鏡を押し上げた。



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