まさかまさかの



「では本日の連絡事項はこれにて。――では最後に」


あれからひとつふたつ報告があり、医師や黒服さんからの報告を受けた後、張遼さんは急に私のほうへ顔を向けた。

え!?なんでこっち向いてるんだ!?

びっくりしてつい小十郎さんの後ろに隠れようとすると、ものすごい力でそれを阻止された。なんで!?



「朝礼でねね殿から申し送りがあったが、この度新しい女性従業員が入ることになった。
受付と雑用を担当することになった伊智子殿だ。伊智子殿、前へ」



ええ!?!?
聞いてないよ!!!



あからさまにキョドってると、小十郎さんがぐいぐい私の背中を押してきた。ちょ、ちょっとー!
さっき受付でぶっつけ本番させられたときみたいだ…。

私がまごまごしていると、見かねた馬超さんにグッと腕を引かれ、そのまま集団の正面へと追い出された。視線が一斉にこちらへ向けられる。ひいっ、怖い…。


「伊智子殿、こちらへ」


張遼さんは先ほどと同じようなことを繰り返し言った。
すごいいやだけど行かない選択はできないので、顔を伏せながら小走りでそちらへ向かう。

張遼の隣にちょこんと立った伊智子。
その光景を見て「ちっさ…」と誰かが呟いた。悪口は聞こえないように言って!


ゆっくりと顔をあげると、そこには顔、顔、顔。
男の人たちがたくさんいる。
中には今日会った人もいるけれど、大半が初対面の人たちばっかりだ。
好機の視線をびしばし感じながら、意を決して大きく息を吸い込んだ。


「…伊智子です!本日より受付兼雑用として働くことになりました。未熟者ですが精一杯頑張ります。よろしくお願いします!」



勢いよく頭を下げる。
隣で張遼さんがうむ。と言ったのが聞こえた。OKってことかな。

「皆、拍手を」

そう言うと、まばらな拍手が聞こえた。
なんだか照れくさくなって元いた場所に戻ろうとしたが、そのまま張遼さんが声を張り上げた。


「では本日はこれまで!解散!」


皆さんがひときわ大きくお疲れ様でした!と言ってその場はお開きとなった。


皆が思い思いにばらけていく。私も部屋に戻ったほうがいいのだろうか。
小十郎さんの姿もなぜか見えないし…石田さんはもともといないし。蘭丸さんはとっくに帰っちゃったし。
誰に聞けばいいのだろう。そう思っていると



「あの、お疲れのところすみません」

「わ!!!」

急に後ろから離しかけられた。
びっくりして振り返ると、見知らぬ男の人が立っていた。

伊智子が勢いよく振り向いたことにこの人も驚いた様子で、申し訳なさそうに頭を下げてきた。

「あ…急にすみません。私は医師をやっている姜維と言います。これからよろしくお願いいたします」

「いえこちらこそすみません。姜維さん、よろしくお願いします、伊智子です」

慌てて伊智子も頭を下げる。

「なにか…ありましたか?」
「ああ、それが…本日私のところに来てくださった患者様があなたのことを話しておられて」
「えっ!」

姜維さんの口から飛び出た言葉に驚きが隠せない。
どうしよう…クレームとかかな。そんなにひどい対応だったかな…また怒られてしまう…。
と、一人で考えていたところに聞かされた話は想像していたものと違っていた。



「医師とは違う意味で癒される人物だったと…お褒めだったもので。どのような方かと思いましたが、納得いたしました」




ア、アニマルセラピーの人じゃあああん…!

褒められた?ようだけど、嬉しいやら恥ずかしいやらでなんだか普通の顔ができない。
姜維さんはクスッと笑い、「言われたとおり、」と言葉を続ける。

「とても可愛らしい方ですね。これから頑張ってください。
なにかあればいつでも言ってくださいね、私にできることならなんでも力になりますから」

「あ…ありがとうございます!頼りになります…」

姜維さんは優しげに笑った。

「では、私は部屋に戻ります。お疲れ様でした。本日はゆっくりお休みください」
「あ…ありがとうございます!姜維さんも、お疲れ様です。おやすみなさい」

ひとつにまとめた長い髪を揺らしながら、姜維さんは部屋へ戻っていった。




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