いつかは知ること



どうせ自分もこれから部屋に戻るところだったから、と兼続も一緒に案内してくれることになった。


三人で階段をのぼりながらゆっくり歩く。


「伊智子はえらいな。その年齢で住み込みで働くなど…ご両親は心配しておらぬのか?」

「伊智子殿はしっかりされておりますから。お父上やお母上も、寂しさはあれど心配はされてないでしょう」


幸村の言葉に、それもそうだな!と笑う兼続。

そんな中、本当のことを言うべきか言わざるべきか。
迷っていると何も返事ができなくて、変な顔ばかりしてしまう。


「伊智子殿?」

それを幸村に気づかれてしまった。
隠しても、ウソを言っても、いつかはボロがでてごまかせなくなる日が来るだろう。
いつか言うなら今言ったって同じだ。

伊智子は出来るだけさっぱり、軽〜く言おう!と思い、口を開いた。



「いやーーうち親いないんで!全然平気なんです、逆に住み込みで有難いっていうか…」



身寄りもないから部屋も借りれないし…とぼやく。あははは〜とごまかして。

ちら、と2人の顔を見ると、この世の終わりみたいな顔をしていてこっちがびっくりした。


「なんと…伊智子!18の身空で天涯孤独とは!」

「そうとは知らず…大変申し訳ございません」


頭を抱えてよろける兼続と、今にも土下座しそうな勢いで謝ってくる幸村にビックリして慌てて首を振る。


「い、いいえ!大丈夫です!そんな…お気になさらず…もう吹っ切れたので」



吹っ切れてなんていないけど。


気にしないでとは言うものの、こんなヘビーな話題気にしないのは難しいだろう。

しかし…と口ごもる2人に申し訳なくなってくる。
言わないほうが良かったかな…と思いつつ、まあでも言っちゃったんだし仕方ないよねと開き直る。



「つらくない…と言ったらうそになりますけど、拾ってもらったのがここで本当によかったと思います」


これは本当。

もし行き倒れた先が普通のところだったら見向きもされないか、警察に通報されてるし…多分。
すごい悪い人の玄関先だったらさっさと変な所で働かされて終わりだろう…。
身元が知れない人間を拾って、手厚く保護してくれて。
おまけにまともな職と住む場所も与えてくれる人なんてこの世に秀吉社長とねねさんしかいない。絶対に。


笑顔でそう言うと、二人も少しほっとした表情をして頷いた。


「それはそうだな!秀吉殿も、ねね殿も慈悲深いお方。運が良かったな、伊智子」

「はい!本当に運が良かったです…」

「それに…凌統殿が話しているのを聞いたのですが、政宗殿とは幼馴染だと聞きましたが?久方ぶりの再会だそうで…」

それを聞いてドキッとする。

政宗にいちゃんの話は、あの騒動以来非常に重たいものになってしまっていた。


「なんと、あの政宗と…」

「ご両親のことは残念でしたが、職と住居が見つかり、昔なじみとも再会できるとは。本当によかったですね。政宗殿とは積もる話もあるのではないでしょうか?」

なんかちょっとショックを受けてるらしい兼続。
その隣で幸村の優しい言葉に、伊智子の心がギュッとなる。
そうできれば、どれだけいいか……。


「ん…そうなんですけど…ちょっとまだ…難しいみたいで…」


口ごもる。
話したいことは山ほどある。

私のこと、政宗にいちゃんのこと。
会えなかった間、一体どうしていたのだろう。

私の家族のこと。政宗にいちゃんの家族のこと。引っ越していった土地のこと。
新しい友達はできたのだろうか。政宗にいちゃんのことだから、きっと人気者になっただろうな…。

つい、ぼんやりと考えてしまった。

目の前で眉毛を八の字にしている幸村と目が合った。


「…すみません。私はまた余計なことを言ってしまったようですね」

「!いっいいえ、そんなことありません!真田さんはやさしいですね」


そう言うと、真田さんはハテ…?みたいな顔をして「そうでしょうか…?」とか言っていた。なんだよその反応…。

そんな真田さんを見て直江さんは笑い、「優しい男なのだ、うちの幸村は!」なんて言ってばしばし真田さんの背中を叩いていた。真田さん、痛がってるからやめてあげてほしい……。








「ときに伊智子殿。ここには私の兄も働いているのですよ」

思わぬ事実を聞かされた。さきほど出会った馬超と馬岱も従兄弟同士だと言っていたような。
血縁者の雇用がオッケーなのか、ここは。

休憩室で李典さんと楽進さんとお話したとき、ここで働いている人は大体知り合いの紹介と言っていた。
血縁者や知り合いが増えるのはそういう理由なのかな。


「そうだったんですか。兄弟で同じ職場なんて仲がいいですね」

「ええ。兄は信之と言うのですが、名字が同じです。いずれ呼ぶときに混乱してしまうでしょうし…どうぞ、私のことは幸村とお呼びください」

そういえば予約の確認をしたときにそのようなお名前の方を見つけた気がする。
この人のお兄さんか…きっとすごく優しくてカッコいいんだろうな〜と、優秀な遺伝子を勝手に想像した。


「はい。わかりました、幸村さん」


すると、隣に立っていた兼続も「伊智子」と声をかけた。

「私のことも気兼ねなく兼続と読んでくれて構わぬぞ」

「はい、わかりました。兼続さん」

先輩なのに、すごくとっつきやすくて有難いなあ。
伊智子はにこにこと笑いながらそう思った。





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