今気づいた



「外にタクシーを呼んである」

「タ、タクシー」

「ほら、乗れ」

外に出て店の正面に横付けされたタクシーの後部座席に乗る。
清正が隣に乗り込み、運転手に行き先を告げるとタクシーがゆっくり前進する。

車の中から見る景色をぼうっと眺めていると、伊智子は重大な問題に気づきハッとして清正に向き合う。


「!…あの…加藤さん」
「清正でいい」

「…清正さん。あの私…お金持ってないんですけど…」

口元に手をあてて、どうしましょう。なんて呟く伊智子を見て、清正はなんだそんなことかとため息を吐く。
そして、懐に手を入れてなにやら黒くて細長いものを取り出した。
財布だ。


「おねね様が用意してくれたから、心配しなくていい。別に俺が出すわけでもないし」

「え!」

そこにはカードが数枚と、現金がいくらかはいっているようだった。な、なんということだ…

「ていうかお前が金持ってないことくらいおねね様は知っているだろう。そんな奴に金の心配をさせるわけあるか、馬鹿」

「そ、そうですよねすみません…」

はい馬鹿です…。

それにしても、秀吉社長とねねさんって本当に優しいな。
こんな私に、何から何まで用意してくれて、
清正さんも、いくらねねさんの頼みだからといって初対面の人間の買い物に付き合うなんて気乗りしないだろう。
それなのにこうして…ここにいる人って基本優しいんだな…清正さん…

清正…


ん?


キヨマサ…


「え!?清正!?!?!」



「うわ!急に耳元で叫ぶな馬鹿」


ていうかおい今呼び捨てにしたか、と言う清正を尻目に、伊智子は一人頭を抱えていた。

(き、清正って…清正さんって清正さんって清正さんって…!!)

昨日の夜も一昨日の夜も伊智子の睡眠を妨害したあの原因が隣に座っている事実に動揺を隠せない。

ちら、と清正を盗み見る。するとバチッと目が合ってしまう。


「おい、なんか用か」

「………っっ!!」


瞬間、思わずボッと顔を赤くしてしまう。


「おい…」

「なっなんでもありませんすみませんっ」

とにかく落ち着こう。


真剣にすーはーと深呼吸する伊智子を、清正はつまらなさそうに横目でじっと見ていた。


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