着せ替え人形

タクシーが止まった場所はクリニックからさほど遠くない場所にあるショッピングモールだった。
多種多様な店が入っているし、ここならひととおりのものは揃いそうだ。

タクシーから降り、そよそよと心地よい風に目を瞑る。

「おい、何やってんだいくぞ」

会計を済ませた清正がタクシーから降りてきて、そのまま伊智子の頭をパシンと叩いてすたすたと先へ歩いていってしまった。

「はい…」

はたかれた…。





店内に足を踏み入れ、ざわめく買い物客の中でも清正の姿はひときわ目立っていた。

女性はもちろんのこと、男性も清正の姿を見て「おぉ…」なんて感嘆の声を漏らしている

伊智子が思うに、清正は容姿が一般人より優れている…というのはもちろん、雰囲気がまわりの人間と少し違う感じがする…と思う。
うまく言えないけれど、でもきっとそれは清正に限らず、あのクリニックに勤めている人は皆そうかもしれない、と伊智子は思った。

きょろきょろとあたりを見回した清正は伊智子のほうに向き直った。


「とりあえず、服屋だな。その一着しか持っていないんだろう」


清正は可愛いアップリケを指差しながら言う。


「そうですね。安物でいいので、何着かほしいです」

さりげなく手でアップリケを隠しながら返答する。

「わかった。ついてこい」

「あっ…」

そう言うと清正はどこかアテがあるのかまた一人先に歩いていってしまう。
だから…足の長さが…違うんだって!
伊智子は心の中でそう叫びながら小走りで清正を追いかけた。





女の子なら一度は夢見るであろう、雑誌から切り取られたようなコーディネートが並ぶ。
清正のあとをついて言った伊智子はそんなところにたどり着いていた。

右のお店にも左のお店にも、キラキラした世界が広がっている。
流行を追った可愛らしい洋服をはじめとしたアクセサリー、バッグ、靴などが所狭しと並び、周りの客層も若い女性中心になっていた。

流行に敏感な女性なら飛びつきそうなところだが、ファッションにはとんと無頓着な伊智子にはただただハードルの高すぎる場所だった。


「こ…ここ…ここっ…」


「女はこういうところがいいんだろう。好きなのを選べ」

動揺しすぎてにわとりのような声を出す伊智子の目の前で清正はさも当然のように言った。
好きなものを選べと言われた伊智子はギョッと目をひん剥く。


「いっいや…こんな高そうな服…選べません…」

安物でいいっていったじゃん。デート用の服を買いに来たんじゃあるまいし。
買うとしても自分のお給料で買うし!デートなんて予定も相手もないけど…。

普段着用の服を買いにきたつもりの伊智子にとって、この状況は息が詰まりそうだった。


「?おかしなやつだな。ならば俺が見立ててやろう」

「ええぇ!?」

意味不明の提案に思わず大きな声がでて慌てて自分の口をふさぐ。
清正はまず一番最初に目についた店へと歩いていって、新作の棚を物色しだす。(清正が近づいたことによって、その店の店員は僅かに色めき立っていた)


「そうだな…、このへんとかはどうだ?」


そう言って手にとったのは柔らかなシフォン生地のワンピース。襟元、袖、裾にあしらわれた刺繍が可愛らしい。品物としてはとても可愛らしいのだが、お世辞にも伊智子に似合うとは言えなかった。
清正はその一着をあろうことか手にとって、店の前で挙動不審にしていた伊智子の体にあてる。


「ど…どうですか」

「………」

ワンピースのかかったハンガーを伊智子の手に渡し、そのまま数歩下がってしばし悩んだそぶりを見せた清正は、


「次だ」


と言って次の店へと向かって行った。

その後も清正はいくつかの店で服を手に取り、伊智子の体にあててみたり試着させてみたりした。
それを何回か繰り返した後、

「このあたりの服はお前には似合わないな」

と言って早々にこの煌びやかな空間を後にした。
着慣れない服を着させられて慣れない雰囲気と人の多さにぐったりした伊智子は、最初より若干ヨタついた足取りでその広い背中を追った。

もう何度目だ、あのでかい背中を追いかけるの……。


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