打ち明ける

その後、どうしかして「Tシャツとトレーナーとジャージとジーンズがほしいです」と打ち明け、不思議そうに首をかしげた清正が伊智子にも似合いそうで価格帯も手ごろな服屋を見つけ、そこで何着か私服を見繕った。
ついでに下着類なども買い、その他必要なものをいくつか買うと、伊智子と清正の両手には大きな紙袋がいくつもぶら下がっていた。


「さすがにくたびれたな。ほら、お前の荷物も持ってやる」

「え!い、いいですよ、清正さんも疲れてますし」

「お前な…体力差ってもんを考えろ」


そう言うやいなや伊智子の荷物を奪っていった。
そのまま自分の右肩と右手に荷物とひとまとめにして担いでいた。
特段重いものは入っていないとしても量がある。だが、重そうな顔はまったくしていないのがすごいと思った。

そう思っていると、ふいに清正が真面目な顔をして言った。

「お前さ…タクシーで俺を見て、顔を赤くしただろう」

「えっ」


次の瞬間、とんでもない言葉が飛び出した。



「俺のこと好きなのか?」



「は!?」


いきなりなんてことを言うんだ。まさかの言葉に動揺をかくしきれない伊智子は素っ頓狂な声を出す。


「あ…いや…それは…その…」


「あいにく往来で客にしてやるようなことはできんが…他ならぬおねね様からの言いつけだ。デートのふりくらいはしてやろうと思ったが…」


しどろもどろになる伊智子を前に、清正は変わらず至って真面目な顔で言い放った。
その言葉に思わずカチンとなる。


「なっ……」


なんて人だ。少し優しいと思った自分がバカだった。
さっきまで優しかったのも服を見てやるとか言ったのも清正のいう「デートのふり」だったのか。


「い、いりませんっ!」

「強がるな。女は素直なほうが男に喜ばれるぞ」

強がってねーよ!本心だよ!
ついつい言葉が大きくなった伊智子の腕をぐいっと引いて体に密着させようとした。


「ちょっ…離してください…」


どうにかして離れようと身じろぎするも、太い腕はビクともしない。くっ…!
そんな伊智子の抵抗も、子供のわがままを相手にするようなものなんだろう。清正は面白そうに笑っていた。

「なんだ、強情だな」

「ち…っ違うんですってば!」

「……?どうしたんだ?」


「あの…私が朝、清正さんを見て照れてしまったのは…その…」


ああもう、どうしよう


「毎晩、聞こえてくるんですよ…」



「…ん?」


清正が顔を近づける。伊智子の頬に清正の高い鼻の影が落ちる。なんだこの距離は!
もう、言うしかない!伊智子はすうっと息を吸って決心したように口を開いた。



「だから!清正さんと彼女さん?がえ…えっちなことしてる声!聞こえるんです!」



ああ、言ってしまった。今も絶対顔が真っ赤になっているに違いない。
でも言わないと謎の勘違いが深まりそうで、仕方ない、そうこれは仕方なかったんだと自分に言い聞かせる。
私は断じて恋愛的な意味で清正さんを好きなわけじゃない!


「昨日も一昨日も!丸聞こえです!す…っごい気まずいから…それをタクシーの中で思い出して…それで照れてしまったんです!他意はありません!」


清正はしばらくぽかんと口を開けてまぬけな顔をしていたがその後びっくりするくらいの大声で笑い始めた。



「はっはっはっは!お前…そんなことで…はははは!!!」


そんなことってなんだよ。
そのうち腹を抱えて爆笑し出したのでだんだんこっちの興奮が引いてきた。

ていうか他人が爆笑してる姿、自分も同じテンションじゃないとこんなにも気まずい雰囲気になるんだな…。なんか声をかける気にもなれない。

未だ引かない清正の笑い声に反応しだした周囲がにわかにざわつき始める。
さすがにやばいと思ってコソコソと声をかけた。


「ちょっ…清正さん…すごい注目集めてるんですけど…」
「いまどき中学生でもいないだろ、お前…はははは!」
「ひ、ひど…」

いくら私が恋愛経験不足だからって、そんなに笑うなんて、ひどい。


「くくっ、悪い…ふっ…すまん、そのような反応を受けるのは久々だったから、つい」


目尻まで拭いはじめた。泣くまで笑うなんて…。


「女扱いするのは間違いだったな」
「…どうせ子供ですよ」
「怒るなって。うまい飯屋に連れて行ってやろう」


「本当ですか!?」

うまいめし、の言葉につられてパッと顔をそちらに向けるとニッコリ笑った清正と目が合う。


「やはり子供だな」


やられた。
年齢的に年下なのはどうあがいても事実だけど、まるで小学生の子供を相手にするような態度についつい感情があらわになってしまう。


「…もう!」

「ふくれるな。こっちだ、いくぞ」


清正は自然な動作で伊智子の手をとって街を歩き出した。
正直まだ納得はいかなかったが、ぐぅっと鳴ったお腹に免じて許してあげようと思った。

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