腹が減ったよ
伊智子の睡眠不足の原因は、清正と特別な客の関係が原因だったそうだ。

そんな説明を道すがら教えられていると、清正がふいに手を伸ばし目的の場所を指差した。


「あそこの店だ」


おしゃれな外観。店内は落ち着いた雰囲気。おしゃれなのに、入りにくさは全く無い。
どうやら最近話題の多国籍料理屋だそうで。これで料理も美味しいときたら、話題になるのも無理もない、と伊智子は思った。


清正と伊智子は運よく窓際の席に座ることができ、クーラーのほどよくきいた店内は居心地がいい。
店員の気遣いで大きなカゴを用意してもらい、清正は腕にぶら下がる大量の荷物から開放された。

ちょうどお昼どきだったこともあり、豊富なランチメニューからお互いに一品ずつ選ぶとすぐに食事が運ばれてきた。
湯気を出しながらキラキラ輝くそれに、思わずこぼれそうになるよだれを必死に我慢する。


「…美味しそう」

「客が言ってたんだ。最近話題で、女が喜ぶ店があるって」


伊智子の呟きを拾った清正がそう言った。
その言葉に少々含みを感じ、視線を料理から清正に移す。


「…そのお客様って…」

「お前の睡眠を妨害した奴だな」

「う…」

清正はまた面白そうにニヤッと笑った。
清正の手前には大盛りのガパオライスが鎮座していた。あれも美味しそう…。

「はやく食わないと冷めるぞ」

「…いただきます」

少々腑に落ちないところがあるのは否めないが、食事に罪はないので美味しいうちに頂くことにした。

サクッとフォークに刺さったそれをゆっくり口に運ぶ。


「わあ…美味しい!」


そういえば、今思い出したけど朝ごはん食べてなかったが、それを差し引いてもとても美味しいご飯だと思った。
店内は平日にも関わらず、色んな年代の客で賑わいを見せていた。
そして皆、一様に楽しそうに食事をしている。

「本当に美味いな。もう一皿頼もう。すまない、メニューを」

清正は感心したようにそう言った。
そしてウエイターを呼び止め、単品でもう二皿くらい追加注文していた。

「清正さん、よく食べますね」
「ああ…うちの奴らは大体そうだが、体鍛えてるからな。食わなきゃ筋肉がつかん」

スプーンで勢いよくご飯をかきこむ。おしゃれなランチも、なんか清正さんの前だとスタミナ系のパワーランチって感じがしてしまう。いい意味で。炒飯のCMとかにあいそう。

「確かに体格がいい方が多いかも…。昨日、馬超さんが目の前に来たとき、なんか首が痛かったです」

昨日の終礼のことを思い出す。それに加えて声も大きかったしエネルギー有り余ってるって感じだ。
他の従業員の方もそんなかんじだけど。李典さんと楽進さんなんか、ソファが小さく感じたくらい。

「あぁ…あいつと馬岱は、趣味で馬に乗っているらしいが…かなりうまいぞ」

「馬!?すっごい…楽しそう」

「実家が馬のなんか…牧場?をやってるらしい。詳しくは知らんが」

気になったら本人に聞け。と言って、ランチメニュー付け合せのスープを一口で飲み干した。

馬かー。乗ったこと無いけど気持ちよさそう。今度会ったらお話してみよう。
そう思いながら伊智子はもう一口食べ、その美味しさに思わずにっこり笑顔を浮かべた。

それをみた清正が「飯で上機嫌になるなんてお前は楽でいいな」なんてぼやいていた。
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