抱擁と和解
政宗の胸の中でしゃくりあげる伊智子。かすかに震える肩。
その体は胸に抱いてみると驚くほど小さい。
幼い頃は、あまり変わらなかったのに…こんなに違ってしまったのか。

政宗はゆっくりと体を離し、未だぽろぽろと涙をこぼす伊智子と向き合った。

「すまなかった…」
「ま、まさむねにいちゃん…!」

政宗のその言葉に、伊智子はまた顔をくしゃくしゃにして泣いた。

「すまない…儂は…取り返しのつかないことを…」
「政宗にいちゃん…わ、私、私…」

政宗の指がぎこちなく伊智子の頬に触れた。
次々にはたはたとこぼれる涙を指がぬぐう。
その手を伊智子はそっと掴んだ。政宗の手の半分くらいの大きさしかない手、驚くほど白い指は震えている。

「私…どこにも帰れない…」

伊智子は目を閉じた。

「分かっておる…すまぬ…もう出て行けなど言わぬから…」

「私、家族…いなくなっちゃった…!!」

「伊智子…!!!」

「もう、政宗にいちゃんしかいないの…!!」

「伊智子…伊智子…!」


わんわんと泣き声をあげる伊智子を、政宗はぎゅうと抱きしめ、すまない、すまないとうわごとのように繰り返していた。





「…高校…三年生の時に、2人とも事故で死んじゃって…家賃も払えなくて…団地も追い出されたの」

泣き止んだ伊智子と政宗はどちらともなくゆっくり離れ、巨大なテディベアの腹に並んで座った。
二人の肩だけが少し触れた状態で、伊智子はポツポツとしゃべった。

「そうじゃったのか…すまない、儂は本当に…何も知らなかったのだ…知らなかったからと言って、許されることでないが…」
「…いいよ、別に。私のこと心配して、お父さんとお母さんのいる、安全な場所に帰ってって…言ってくれたんだもんね。…政宗にいちゃん、私のことなんて…もう、忘れちゃったって思ってたから。ここで再会したときもね、少しでも覚えててくれたことに少し感動してた」

「忘れるなど!!」

ひときわ大きな声をだす。


「おぬしのことを忘れた日々などない!おぬしと…おぬしの家族のことは…わしの人生で一番大切な部分じゃ」
「政宗にいちゃん…」


ほうっと見上げたが、すぐに不満そうな顔になる伊智子。
いつか絶対に聞きたかったことがある。


「じゃあ、なんで手紙送ってこなくなったの?私、ずっと出してたのに…」


政宗がいなくなってから数年で途絶えた手紙のやりとり。
離れ離れになった二人が唯一お互いの存在を認識できた大切なもの。
男の子らしい字で、漢字のたくさん使われた手紙。
手紙が届かなくなってからも、昔の手紙を何回も読み返した。
嬉しい気持ちになると同時に、今の政宗は何をしているのかなって思うし、なんで今は手紙をくれないんだろうと悲しい気持ちにもなった。


「う…」
「ねえ、なんで?」

「…話しとうない」

気まずい話題だったのか、政宗はふいっと顔を背けた。
急に小学生に戻ったみたいで、伊智子は驚き半分で政宗を見つめた。

「ひ…ひどい!なんで?おしえてよ」
「いやじゃ!」
「教えてくれなきゃヤだ!」
「儂からは絶対に言わん!」

どうやら、どうしても自分の口からは言いたくないらしい。
伊智子としても、嫌がっている政宗から無理やり聞き出そうとは思わないけれど、自分の幼心に確実に傷をつけた出来事の真相はできることなら聞いておきたい。きっと、政宗側にも何か理由があったと思うから。

両者の主張は平行線で、しばらく子供同士の言い合いを続けた後、急に第三者の声が聞こえた。


「では…ご無礼ながら、この小十郎が代わりに」


「小十郎!」
「小十郎さん」


小十郎は扉を乱暴に開けると足元にまとわりつくゴミを蹴り飛ばしながらずかずかと物置に侵入して、政宗と伊智子の目の前の床に転がるガラクタを長い足で一蹴すると、二人に向かい合わせになるようそこにあぐらをかいて座った。

なんだかいつもより疲れている様子の小十郎。無理も無い、先ほどほぼ全力疾走で政宗を追い、ビル中を駆け回ったのだから。小さく息を吐き、じっと政宗を見つめた。


「…よろしいですね?政宗様」
「ふん、…勝手にせい」


下から伺う小十郎。許可を出したということは、知られるのがいやなわけではないみたいだ。

「承知いたしました。では…政宗様が東京から東北の中学校に入学してきたところからお話致しましょう」
「は、はい…」

まさか手紙の返事がなかった話がそんなところまで遡るとは。
これからどんな話が聞けるのか…伊智子はハラハラしながら小十郎のキラリと光る眼鏡を見た。
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