大切な仲間です

その日の終礼では今回の事件のことが報告された。
隆景と趙雲は解決に尽力したということで、皆の前に立って拍手を受けていた。


「…以上を持って、不審者の件は収束とする。約一月の間、皆には迷惑をかけた…。明日からはまた通常どうり業務にあたってくれ。それでは、解散!」


三成の声がホールに響き、従業員がぞろぞろとホールから出て行く。階段を上り自室に戻っていく者、自宅に帰るため玄関のほうへ向かう者…。

伊智子は壁にもたれながら、そんな流れをぼんやり見ていた。
前を横切る甘寧や政宗が通りすがりに伊智子の頭をなでていくのを、普段は頭を振って嫌がるが、今日はされるがままになっていた。

「…私もそろそろ戻ろうかな」

人の波が大分ひいたころ。
そろそろ自分も自室に戻ろうか、なんて思っているとフッと視界が暗くなる。
なんか前もこんなことあったような、と前を向けば、そこには趙雲の姿があった。

「伊智子」
「…趙雲さん」

「今日はすまなかったな。いきなりのことで驚いただろう」
「あ、いえ…でも、趙雲さんや隆景さんがいてくれたから、何事もなく済みましたし」

事件も解決したし、ありがとうございます。
と言えば、趙雲は困ったように笑い、首を横に振った。

「いや…今回のことは全て隆景殿の策なんだ」

え?と顔を上げると、趙雲はことのあらましを教えてくれた。

「隆景殿から「次回、例の女性が来店したら自分に回してほしい」と頼まれたことがあるだろう。その時からずっと考えていたことらしい」

お見送りに自らがでてきたのも策だった。
来る時に背後を追われていたのなら、帰る時も必ずどこかで息をひそめて待ち構えているはず。
目に見えるところでべたべたとすれば、隠れて様子を伺っていた男も尻尾を出すだろう…と。
エントランスの大きなガラスは、思った以上に隆景とお客様のいちゃいちゃを見せ付けてくれていたようだった。
ホールで診察中も、「伊」の範疇ギリギリ、むしろスレスレアウトな診察内容だったらしい。

本来は指導を受けることなのだが、今回は特例ということで見逃してくれたそうな。

伊智子は少し引きつりそうになる顔を必死でこらえた。隆景さん…末恐ろしいまでにできる男…。

「…そういえば、あのお客様はどうなったんでしょうか」

ついでだからと、伊智子は少し気になっていたことを趙雲に聞いてみた。

「…前に郭嘉殿の常連客が問題を起こしたことがあっただろう。あれと同じような対応になった」

同じというと、確か…出禁とか、違約金の支払いとかだっただろうか?

「だが……違約金の支払いはなしになった」

そう言って、趙雲は近くのソファにどっかりと座った。
そして伊智子に「隣に」と声をかけた。伊智子はおとなしく趙雲の隣に腰を下ろした。

「…借金があったそうだ」
「?」
「今日の女だ」
「あ…」

趙雲は腕を組んでやりきれないと言った顔をして言った。
女性を連れて行った先で発覚したことらしい。

「散々ストーカーだつきまといだと言われていた男は、女が水商売をしていた時の客だそうだ。その時に生活の面でも、借金の面でもだいぶ面倒を見てもらっていたらしい。女は身寄りがなく……男は、いずれ結婚するつもりだったらしい」

「………」

「その後、男の金でおおかたの借金も返済し水商売から足を洗い、昼の仕事をするようになった…。男はいよいよ結婚を、と思ったらしいが、その時女のほうから一方的に別れを切り出し…今回のつきまといに発展したそうだ」

淡々と語る趙雲もつらそうだった。
結局今後はあの男に借りた金を返さなければならない為、その上違約金の支払いも加わるとなると身寄りのない女性にはかなり酷だろう。その場にいたものたちの情状酌量で、違約金の支払いだけはなしになったのだ。

あの女性がしてしまったことは勿論よくない。
でも、同じく身寄りのない立場である伊智子は、その事情を聞いてどこか他人事とは思えなくなってしまった。


「………もし両親が借金を残して死んでしまっていたら…私も………」


身寄りがなく、ツテもなく、学もない子供に出来ることは限られている。
すっかりうつむいてしまった伊智子の頭を、趙雲は優しくなでた。その表情はとても優しかった。

「案ずるな。私を頼れば良いことだ」

「え…」

伊智子はゆっくり顔をあげて趙雲の顔をじっと見た。

「私だけではない。隆景殿も、政宗殿も、三成殿もいる。皆がいる。秀吉殿もきっと力になってくれるだろう」

伊智子が何もいえなくなっていると、趙雲はさらに続けた。


「ここは伊智子が思っているよりずっと、伊智子のことを大切に思っている人間がいる。何かあれば迷わず頼れ」

力強く、優しい声は伊智子の心に響いた。
今回の事件でずっとモヤモヤ悩んでいたことがなくなっていって、心の霧がすっと晴れるようだった。

「…趙雲さん、ありがとうございます。今日の趙雲さん、すごくかっこよかったですよ」

「…本当か?今にもちびりそうな顔をしていたが」
「ちょ、ちょっと!」
「冗談だ。ありがとう」

頬を赤くして反論しようとした伊智子に、趙雲がいたずらっぽく笑いかける。
その顔が少し疲れているような気がして、伊智子はそっと声をかける。

「趙雲さん…疲れてますか?」
「え?いや、……ああ、そうだな。今日は、少し…疲れた…」

そう言って趙雲は体の前で腕を組み、急にこちらになだれこんできた。
えっと思ったが、吐いたため息がひどく深いものだったので伊智子は黙ってそれを受け入れることにした。
伊智子の小さい肩と趙雲の広い肩が触れ、しばらくお互いの呼吸の音だけが聞こえていた。

ちらりと趙雲のほうを見ると、高い鼻のむこうにわずかに見える目が閉じられているのがわかった。
つけまつげなんてなくたって、十分に長く密度の濃いまつ毛が綺麗だなと思った。

「ん……」

それをじっと見つめていると趙雲はゆっくり目を開けた。澄んだ瞳がぱちぱちとまばたきを繰り返し、やがて伊智子の姿をとらえると恥ずかしそうに「すまない」と言って体を離した。

「伊智子の隣にいるとどうも気が緩んでいけないな」

趙雲は自らの前髪をかきあげてそう言った。
そして膝を叩いてソファから立ち上がると伊智子の目の前に手を差し出した。

伊智子は少し戸惑ったが、おずおずとその手をとる。
優しく手をひかれて、伊智子もソファから立ち上がる。
身長差のありすぎる2人だったが、趙雲が少し身をかがんでくれているため、そこまで首は痛くならなかった。

「さあ、今日はもう休め。興奮して眠れないというのなら、子守唄でも歌おうか」
「…趙雲さんって、私のこと絶対子供だと思っていますよね」

腰をかがんでくれていることも子守唄発言もそういう認識からきてるからだ。
そう言えば、趙雲は面白そうに微笑んだ。

「まあそう言うな。飴玉もあるぞ」
「虫歯になるからいりませんっ」
「ははは」

完璧にからかわれてる。
伊智子はぷりぷりしながら「おやすみなさいっ」と言って階段を駆け上っていった。

問題も解決して、今日はみんなゆっくり眠れるに違いない。
自分も今日は時間をかけてお風呂にはいって、そしてすぐ寝よう。


そして、明日からもまた頑張ろうと思った。

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