徐庶とラーメンその2-2



「…このパンケーキ、美味しい!」

むしゃむしゃパンケーキを食べ進める伊智子を、徐庶は頬杖をつき、げっそりした表情で眺めていた。

「…伊智子。君…思った以上に良く食べるね。さっきラーメン食べたばっかりだというのに」
「女の子の胃は甘いものならいくらでも食べられるようにできてるんだとさ。おまけに若いしねえ。肌なんてほら、ゆで卵みたいじゃないか」
「士元、それ、セクハラだから」

「おっと、こりゃ失礼。すまないねえ伊智子ちゃん」

「え?ごめんなさい聞いてませんでした」
「おや、口にクリームがついているよ」
「わっほんとだ…恥ずかしい」
「どんどんお食べ。おかわりがいるんなら頼んでやるからね」
「ほんとですか?嬉しい。でもさすがにおなかいっぱいになりそう…」


「…元直。先ほどの彼らとは、まだつるんでいるのですか?」

パンケーキをぱくぱく食べる伊智子をホウ統は気に入ったみたいだ。
二人で仲良くおしゃべりしている様子を横目に諸葛亮がそう言った。
二人のやり取りをぼんやり眺めていた徐庶は視線を諸葛亮に向け、小さく首を横に振った。

「…違うよ。今は足を洗ってる。君たちも知っているだろ。就職もしたし…さっきはたまたま久しぶりに会っただけだ」
「へえ。久しぶりだっていうのに、随分な懐かれようだったねえ」
「…士元。君は本当に…久々に会うと尚更……………意地悪だな」
「はっはっは。気のせいだよ。大切な親友に意地悪なんて言うわけないじゃないか」


「親友……」


楽しそうに話す二人をじっと見つめてしまう。


「…気になりますか?」



「えっ………」
「元直の昔です」

その視線に気付いた諸葛亮の質問に、伊智子はハッとなり、徐庶の顔をちらりと見る。

「…はい…。でも、徐庶さんがいやなら、聞かないです…」

正直、気にならないと言ったらウソになる。
でも、さっきから三人の様子を見ていると、昔の話をされるのが嫌みたいだった。
嫌がる徐庶から無理やり聞きたいわけではない。

それを聞くと、諸葛亮はフッと笑った…ような気がした。

「だ、そうですよ。私、今すぐにでも教えてあげたくなりました」
「…君俺がどう言っても話をするつもりだったんだろ」
「まあまあ、聞きたいって言うんなら、聞かせてやったらいいじゃないか。別に隠すほどのことでもないだろう」

良い顔をしない徐庶の肩をポンポン叩くホウ統は上機嫌だ。
やがて徐庶は諦めたように話し出した。



「………俺、大学に入るまではその……不良…っぽいやつ…だったんだ…」




「ぽいやつ、ではなくて紛れもなく不良だったでしょ」
「いいから黙っててくれよ」

黙ってろと言われた諸葛亮は、おや、と言って言われたとおり口を閉じた。

「さっきの奴らはその時同じチームにいた仲間達で…俺にすごく懐いていたから声をかけたんだろう」
「あ、そうだったんですね」

徐庶の知り合いっぽくない、派手な身なりの若者に囲まれ質問攻めになっていたことにも納得がいく。

伊智子の知っている徐庶は、言葉が優しくて、年下で下っ端の自分にも丁寧に接してくれて、およそ「不良」なんていう言葉には全く当てはまらない。むしろ真逆のような気さえする。
なんとなく信じがたいが、自らが言うならばそうなのだろう。

その証拠に、徐庶の告白に対して諸葛亮とホウ統は当時を懐かしむように大きく頷いていた。

「その時期の元直はすごかったねえ。毎日うつろな目をしていたし、怖くてだーれも近寄らなかった」
「高校の違う私たちのところにまで、あなたの噂が届いてましたから」
「そうだそうだ、やたらめったら喧嘩の強いヒゲを生やした不良高校生がいるってもっぱらの評判だったねえ」

「…なんか今の徐庶さんとはイメージが全く違いますね」

伊智子は素直な言葉をこぼした。
それを聞いた徐庶は机に突っ伏して頭を抱えてしまった。

「…はあ、もう、本当、恥ずかしい。できるならば過去を消したい」
「いいじゃないか。きっといつか笑って話せる日が来るさ」
「そんな日が来る前に死にたい…」
「はっはっは。馬鹿を言うんじゃないよ、全く」

頭を抱えて羞恥に悶える徐庶に声をかけるホウ統の目元はニッコリ笑顔。
慰めているのか、面白がっているのかはわからない。
徐庶もそれを分かっているのか、すねたような反応を返している。

「…あの、大学でお2人と会ってからの徐庶さんはどんな感じだったんですか?」

「優秀でしたね。過去のことなんて関係なくなるくらい」
「授業態度も真面目で、教授の評判も良かったねえ。顔も良いし」

へえ。
徐庶がほめられてなんだか嬉しくなる。

「伊智子、この人たちの言葉を真に受けるのはやめてくれよ。どんな発表でも、どんなテストでも、俺は一度も2人より良い評価をもらったことがないんだから…」

「へ、へえ…そうなんですか」

机からのっそりと顔をあげた徐庶が恨み言のように釘を刺したが、そんな様子も諸葛亮とホウ統の二人は懐かしそうに眺めていた。

さて、そろそろ帰ろうかね。ホウ統がそう言って、その場はあっけなくお開きとなった。




気が付けば日がどんどんおちてきている。
夕焼けがまぶしい帰り道を二人並んでぼんやりと歩いていた。


「諸葛亮さんとホウ統さんに会うの、久しぶりだったんですか?」


「孔明は世界中を飛び回る国際弁護士。士元は天才プログラマーなんだよ。だからいつもは、海外を拠点にしているんだ」
「そうだったんですね。じゃあ、今日たまたま会えたのすごい偶然ですね」
「…どうだかね。もしかしたら、読まれていたのかも」
「え?」
「士元は天才プログラマー、つまりハッキングが大得意なんだ。もしかしたら…俺のメールとか読んでたりしてね」
「…?メールを読まれるのと、今日会えたのが、どうしてつながるんですか?」

伊智子の純粋な疑問に、徐庶はしまったと思った。

「…いや、えっと…」

しばらく言葉を濁していた徐庶だが、やがて搾り出すような小さな声を出した。

「関索に言われたんだ」
「関索さん?」

思いもよらない名前がでてきたことに伊智子はキョトンとする。

「女の子をラーメン屋に連れていくのはどうなんだって。それで…色々メールで送られてきたんだよ。パンケーキの店とか、なんか…色々チカチカした飾りの店とかを…だからかなって」

「ああ!なるほど。それで、今日いきなりラーメン屋は嫌じゃないのかって聞いてきたんですね」

ていうかそれ、関索さんに教えたの私だ…。と思ったけれど、それは口にしないことにした。

「う…うん。まあね…」

「そうなんだ。でも、徐庶さん。私、本当にラーメン屋、嫌じゃないですよ」

「……本当かい?」

「はい」

「…そうか」

「はい!」


何回か同じ問答を繰り返した二人。ビルまではもうすぐ。
徐庶は夕焼けのまぶしさに目を細め、手で顔を覆った。

それからビルに帰るまで、二人は何も話すことは無かったがその無言の時間もなんだか心地がいいなと徐庶は思った。








それから十数日後の深夜。徐庶と伊智子の二人は再びいつものラーメン屋を訪れていた。


ざわつく店内には人がごった返している。


伊智子は隣の席に座る徐庶の表情を伺った。
なんだか、仕事で苦手な食べ物ばかりを食べたときの顔に似ている。

「…あの〜、徐庶さん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫そうに見えるかい?」



「悲しいです。私たち、そんなに貴方に嫌われていたとは…親友だと思っていたのに…」

「心にもないことよく言うよ…。伊智子と一緒の時に君たちに会うと恥ずかしい昔のことばかり喋られるってわかってるから嫌なんだ。せめて会えるときは事前に連絡してくれないかな」

「私、徐庶さんの話聞くの好きですよ」

「ほら、伊智子ちゃんも喜んでるってさ。嬉しいねえ元直」
「…もう勝手にしてくれ」

げっそりした徐庶の向こう側からケロッとした声で話すのはこの間会ったばかりの、諸葛亮とホウ統だった。


いつもと同じく仕事終わりにいつものラーメン屋を訪れた徐庶と伊智子だったが、席についてふうと一息ついたところで徐庶の肩にポンと手を置いた人物があった。
それがこの二人であった。

驚きで固まる徐庶を尻目に二人は店員に食券を渡し、さも当たり前のように徐庶の隣に腰をかけた。


「……というか、君たちは海外に戻ったんじゃなかったのか?てっきり俺は、またしばらく会えないのかと…」


乾いた咥内を水で潤していた徐庶は思い出したように二人にそう言った。
その疑問に対し、諸葛亮とホウ統の二人は感情が伺えない表情でケロッと応えた。

「ああ、そのことですか」
「そういえば元直には言ってなかったねえ。丁度二人一緒にでかい仕事がこっちであって、戻ってきたんだよ。また数年はいつでも会えるよ」

徐庶は驚きのあまりえ!と声を出した。本当に知らなかったようだ。
このあいだの再会は、てっきり数日の里帰りとしてこっちに戻って来ていたのだと徐庶は思い込んでいた。
そして今やすでに海外の拠点に戻っていて、また数年会えないものだと思っていたものだから、柄にもなく目をぱちくりさせて諸葛亮とホウ統の二人を見つめた。

「そう、だったのか……」
「引越しも済んでますし、たまには遊びに来てください。もちろん、伊智子も」
「ありがとうございます!徐庶さんと一緒に伺います」
「嬉しいねえ。あっしの家にも来てくれるかい?」
「はい!もちろん」
「おい、俺を置き去りにして話を進めないでくれよ…」

「はいっ、おまちどう!」

いつの間にか次に会う話を進めていた三人にほとほと困っていると、4人の目の前にドンッとどんぶりが置かれた。伊智子は目をきらきらさせて箸をとる。
徐庶も食べ出して、ホウ統も初めて見るラーメンを面白そうに眺め、口にしている。
そんな中、諸葛亮だけが口をかすかにひくひくさせてじいっと野菜の山を睨みつけていたが、徐庶の「孔明、伸びるよ」という声を聞き、意を決したように箸を構えた。







「私、あのようなラーメンは初めて食べました」

4人で仲良く店を出る。
ハンカチで口元を覆っている諸葛亮の表情はなんともいえないものになっていた。

どうやら、諸葛亮にとってはあの味はお気に召さなかったようだ。
打って変わって、隣を歩くホウ統はケロッとした顔をしている。

「あっしは新鮮で面白かったけどねえ。店の雰囲気も独特だし、たまに来ると楽しいかもしれないねえ」」
「ですよね!私も徐庶さんに教えてもらうまで知らなくて…とても面白いですよね!」

「元直、あなた…こんな若い女性に何を教えているんですか」
「変な言い方やめてくれるかな。伊智子が喜んでるからいいんだって思うようにしたんだ、最近」
「…なんだか変わりましたね、元直」
「さあ、どうかな」

ラーメンで温まった体に夜風が当たって気持ちいい。
熱い息をふうと吐くと徐庶は諸葛亮に向き直った。

「…ところで」
「なんです?」

「君たち、どこまでついてくるつもりだ?」

4人は店を出てから仲良く並んで歩いているが、その先には徐庶と伊智子が帰るビルがある。
諸葛亮とホウ統は何も言わずについて来ているが、自宅に帰らなくてもよいのだろうか。
そう思ってたずねた徐庶に、諸葛亮はいつもの顔に戻って、口元のハンカチをポケットにしまった。


「ああ、私の住むマンション、すぐそこなんです」
「というか、元直たちのビルの隣だねえ。部屋も隣同士さ」

「えっ!?」


諸葛亮がすっと指差した先にはクリニックの入ったビル――の隣のマンション。
深夜にうろついていたということは、それほど遠い場所ではないのだろうとは思っていたが…まさか隣に越してくるなんで。

徐庶が驚きのあまり硬直していると、伊智子が近くに寄ってきた。



「よかったですね!親友の諸葛亮さんと、ホウ統さんといつでも会えるじゃないですか!良いなあ」



徐庶はハッとした。

諸葛亮とホウ統は大学を卒業してすぐ別々の道を選んだ。
長く海外を拠点にしている二人とは年1回会えればいいほう。会えたとしても二人は忙しい。ゆっくり話ができた試しはないし、数年全く会えないことだってあった。
徐庶も徐庶でずっと自分のことで忙しかったが、やはり気の置けない友人たちと頻繁に会えないのはなんというか…さみしかった。
現にこのあいだが数年ぶりの再会だった。色々恥ずかしい話を暴露されたが、懐かしい顔に会えてとても嬉しかったのは事実。

徐庶はあまり友人が多いほうではないし、親友と呼べる者は諸葛亮とホウ統の二人だけだ。

職場で仲の良い人間はいても、旧知の友人はまた違う。気兼ねなくなんでも話せる大切な存在なのだ。

そんな二人が近くにいるというのは、やはり心強い。
そう考えたら、なんだか酒を片手に夜通し語り明かしたい気分になってきた。

…もしかしたら、そんなことを考えてマンションを選んでくれたんだろうか。


「……ええと……その……二人とも。…ありがとう」

「…はて?なんのことかね」
「感謝されるようなことをしたつもりはありませんが」

言葉さえツンとしているが、二人の表情はとても穏やかだ。
そんな三人の様子を見て、伊智子はにっこりと笑った。

そうこうしているうちに、目的地に近づいた。

「では私達はこれで」
「ちゃんと歯磨きして寝るんだよぉ」

「はーい!おやすみなさい、諸葛亮さん、ホウ統さん」
「士元の奴、君のことを子供扱いしすぎじゃないか?」

そのまま4人は別れ、徐庶と伊智子の二人もビルに帰った。
静かな廊下を歩きながら、ふいに伊智子が口を開く。


「徐庶さん」
「…なんだい?」


すっかり遅くなってしまったため、二人の話し声はささやくような小声だ。


「諸葛亮さんとホウ統さんと遊ぶのもいいけど…」
「ん?」

「たまには私とも一緒に出かけてくださいね」

諸葛亮さんとホウ統さんにばっかり徐庶さんをとられちゃ、寂しいですから。


「…!……あ、あぁ。勿論…そうするよ」


そういわれた徐庶はなんだか年甲斐もなく照れくさいような気分になったが、それを悟られまいと無理やり平静を装った。
しかしほんのり染まった耳は隠せず、それをばっちり目撃した伊智子はきょとんと首をかしげたのであった。



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