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今日もいつものようにやって来た宮くんが、廊下から身を乗り出して、廊下側の席の私に話しかける。
「あ、治くん。」
侑くんの背後に治くんの姿が見えた私が、彼の名を呼ぶと、侑くんが後ろを振り返った。
「やっぱりここにおったんか侑。教科書お前の机の上に置いとくな。」
「お〜頼むわ〜。」
呆れながら教科書を見せた治くんに、侑くんが軽く返事をすると、また私に向き直った。
侑くんの背後を呆けたように見ていると、視線に気づいたのか治くんと目が合った。
すると治くんが私に向かって、眉を下げながら、拝むように顔の前に指を閉じた片手を上げ『ごめんね』のポーズを取った。
私の憶測ではあるが、治くんのこのポーズは、私が侑くんの相手をすることに対しての謝罪を表しているのだろう。
そんな可愛いポーズをした治くんに、私は表情を緩めながらひらひらと手を振った。
「‥‥何なんそれ可愛すぎるやろ!ていうかなんでやねん!!」
治くんが立ち去ったと思った途端、一瞬だけ静かだった侑くんが突然叫び出した。
「は?」
侑くんの言動に驚いた私は、呆気にとられる。
「いつもの名前ちゃんも勿論可愛いで?!けどなんで治には、そんな更に可愛い笑顔振りまくねん!!俺にはバレー部の荷物を渡しに来た時以来、一回も見せないやん!俺にも優しく微笑んでや!!」
半狂乱になって喚く侑くんに、教室内や廊下にいる生徒たちの視線が一斉に集まる。
「分かったから一旦落ち着け!
私に対する日頃の行いから考えたら、宮くんにはそう接するのが普通だと思うんだけど。その点、何の被害を加えない治くんに笑顔で接して何が悪いの?」
侑くんを鎮めようと、説得させるように話しかける。
「名前ちゃんに対する日頃の行い‥‥?そんなあかんことした?もっと積極的にいった方がよかったか?」
「無自覚かよ。宮くんは少し治くんを見習ったら?」
ブツブツと頓珍漢な自問自答を繰り返す侑くんに、呆れながら指摘する。
「それもや!」
「ん?」
落ち着いたと思ったが、またもや叫び出した宮くんに、再びキョトンとする。
「なんで俺には『宮くん』で、治には『治くん』やねん!!俺にも『侑くん』って下で呼んでや!!」
たったこれぐらいのことで、また侑くんが喚き出したのだ。
「え?だって宮くんのことは最初から『宮くん』って呼んでたし、治くんのことも『宮くん』って呼んだら判別つかないじゃん。だから治くんには下の名前で呼んでただけだけど?」
「なんやねんそれ治だけずるいわ!俺も下の名前で呼んでぇや〜!」
冷静に理由を並べると、納得がいかないのか侑くんが駄々をこね始めた。
「うるさい!呼んでほしかったら今すぐ自分のクラスに戻って!」
いつまで経っても煩い侑くんにそう言うと、宮くんは『分かった!』と言って、一目散に自分のクラスへと戻っていった。
最初に関わった侑くんを『宮くん』と呼び始め、後から関わった治くんにも『宮くん』と呼ぶわけにはいかない。
たったそれだけの理由なのに、何故コイツはこんなにこだわるのだろうか。
*
「おはよう、名字さん。」
翌日の朝、教室へ向かっていると、治くんと対面した。
治くん‥‥というより、見た感じは治くんと言った方がいいのだろうか。
「‥‥治くんの真似して何やってんの?」
治くんに成り済ますかのように、髪型の分け方や私の呼び方を変えた侑くんを、怪訝そうに見つめる。
「‥‥‥バレた?」
「バレバレ。」
私に指摘されギクリとする侑くんに、冷静に答える。
「嘘やろ‥‥。治になったら名前ちゃんが優しくしてくれると思ってやったんやけど。みんな治やと騙されとったのに、なんで名前ちゃんは俺やと分かんねん。」
弱気になった侑くんが、ガックリと肩を落とす。
そんな理由で治くんに成り済ましていたなんて、やっぱりコイツはバカだ。
「分け目や呼び方を治くんに寄せたとしても、目つきで宮くんって分かるから。」
本物の治くんは涼しげな目つきだが、その点侑くんは、もっとニヤニヤとした目つきで私を見る。
分け目や呼び方を変えたとしとも、所詮目つきは変えられないのだ。
「そんなんで俺やと判別できるくらい、俺のこと愛してくれてるんやね‥‥。」
興奮と感動で身体が打ち震える侑くんが、恍惚とした表情で私を見つめ出した。
「は?」
勘違いも甚だしい侑くんに、私は呆れてものも言えない。
「優しく笑いかけてくれなかったのは残念やったけど、名前ちゃんからの愛を確かめることが出来たわ!こんな嬉しい日ないわ!!」
そして分け目をいつもの侑くんにサッと変えると、私の言い分も聞かずに、叫びながら去って行った。
*
「おはよう、名前ちゃん。」
その翌日の朝、教室へ向かっていると、また侑くんと対面した。
今朝は分け目は呼び方は侑くんのままだが、髪色が変わっていた。
「おはよう。‥‥髪染めたんだね。」
治くんも染めたのだろうかと思ったが、丁度遠目で見かけた治くんは昨日の髪色と変わらなかった。
侑くんだけ髪色に飽きて、染めたのだろうか?
「名前ちゃんが遠目から俺らを見かけても、すぐ俺やと判別できるように染めてん!これなら名前ちゃんが遠くから俺と治を見かけても、俺に向かって抱きつきに走ってこれるで。」
爽やかに笑いながら、ひどく馬鹿げたことをつらつらと言い始めた。
そんな理由で染めたなんて、本当にどうかしている。
「恐ろしい妄想やめてもらえますか?まず、宮くんに抱きつきたいと思わないから。それに髪染めなくても、宮くんのヤバいオーラは遠くからでも分かるから。」
『コイツに抱きついたら、ファンクラブのお姉様達から抹殺されるだろうな』と他人事のように想像しながら、淡々と言い返す。
「遠くからでも分かるやて‥‥?!
‥‥俺はそんなに名前ちゃんに愛されてたんやね。俺は幸せ者やね‥‥。」
何を勘違いしたのか、涙目の侑くんが自分の世界に入り出した。
「‥‥ポジティブ過ぎて、いっそ羨ましいわ。」
バカ過ぎる侑くんに、私は盛大にため息をついたのだった。
(補足)これを機に宮兄弟の髪色が別々になったらな、という妄想。