天童家の息子から〈2〉




小学校のバレーボールクラブに所属していた頃、俺は『妖怪』と言われ、仲間はずれにされていた。

凄く辛かったけど、母さんと父さんに言ったら凄く悲しむんじゃないかと思い、ずっと黙っていた。


でもそんな俺を、母さんは見抜いた。

父さんが残業で、先に母さんと二人で夕食を食べている時、母さんに『何か、辛いことあった?』と真剣な表情で尋ねられた。

その瞬間、どっと涙が溢れ、ぽつりぽつりと母さんに真実を話した。

母さんは黙って聞いてくれて、俺が話し終えると『話してくれてありがとう。辛かったね、大変だったね。早く気づいてあげられなくてごめんね、もう我慢しなくていいからね』と泣きながら優しく抱きしめてくれた。




その翌日、休みだった父さんが、リビングで俺の話を聞いてくれた。


「大変だったね‥‥。お前は父さんに似たのかな。父さんもお前ぐらいの頃は『妖怪』って言われて仲間外れにされてたよ。
そんで昔の父さんはさ、そんな自分に似る子どもが可哀想だからって理由で、子どもは欲しくなかったんだよね。」


「‥‥そう‥‥なんだ。」


父さんの話を聞いたこの時の俺は、『僕は生まれてくることを望まれなかった子なのかな』と勘違いし、悲しくなった。


「あっごめんごめん、心配しなくてもお前は父さんと名前が欲しいと望んで生まれた子だから!
‥‥父さんが子どもを欲しいって思ったのはさ、名前のお陰なんだ。」


慌てて否定した父さんは、昔を懐かしむように、母さんと父さんが結婚する前の頃の話をし始めた。









「名前ちゃんはさ、自分の子ども欲しいって思う?」


「ん〜、いつかは欲しいかな。覚は?」


「名前ちゃんに似ればいいけど、俺に似たら子どもが可哀想だから、あんま欲しくないかな。」


「‥‥なんで覚に似たら可哀想なの?」


「ほら俺‥‥小さい頃『妖怪』って言われて虐められてたから。」


「‥‥そうだったね。‥‥凄く辛かったと思うけど、だから覚は優しいんだね。」


「‥‥?」


「虐めを受けた経験って、人を優しくさせるんだって。虐められて痛みを知ったらさ、他の誰かに自分みたいな思いをさせようと虐めたりしないでしょ?虐められた経験のある人は、もし他の誰かが虐められていた時、救いの言葉をかけてあげることができるの。

虐めって誰もが一度は経験すると思うんだ。自分がみんなに好かれている時は周りに人がたくさん集まる。でも一番大切なのは、自分が虐められた時に誰が側にいてくれたかなんかじゃないかな。」


「うん‥‥そうだね。」


「私が一人だった時、私の側にいてくれたのは覚だったよね。私はそんな覚を何よりも大事にしようと思った。
覚に似た子どもならさ、人の痛みが分かる優しい子に絶対なると思う。私は覚似の子ども欲しいな。」




「‥‥俺も欲しいかな。名前ちゃんとの子どもなら。」









「名前のお陰で、自分に似た子どももいいなって思えた。それに名前との子どもなら、優しい名前の愛情を受ける子どもなら欲しいって思った。それでお前が生まれてきたわけよ。」


「そうなんだ‥‥。」


自分の生まれた経緯を聞いて、子供ながらにじんときたのをよく覚えている。
母さんがこの話を父さんにしなかったら俺は今頃生まれてきていなかっただろう。


「お前は父さんや名前に心配かけたくなくてずっと黙ってたんだろうけどさ、遠慮しないでなんでも言いなさいよ。家族なんだから、お前のためなら何でもするよ。」


そして『優し過ぎて、誰にも迷惑かけないように我慢するところは名前似なんだから全く』と、半ば呆れながら俺を見つめた。


「‥‥うん。」




「‥‥辛いならバレー無理して行かなくていいんだよ?」


ずっと黙って聞いていた母さんが、心配そうに声をかけた。


「うん‥‥でも僕、バレー好きだから。」


父さんが『そっか、流石俺の子ダネ〜』と一瞬喜ぶと、穏やかな表情で話を続けた。


「虐められたのはお前のせいじゃない。お前の良さを分かってくれる人は必ずいるよ。
チームメイトなんて偶然の産物でさ、お前の意思とは無関係に作られているワケよ。だからチームメイトとの今の関係にこだわる必要なんてないんじゃない?いずれ、気の合う相手はきっと見つかるよ。そして気の合う相手が見つかったら、その相手を大事にしてやればいい。」


「お母さんとお父さんは、あなたが『もういいよ』って言うまでそばにいるよ。どんなことがあっても、絶対にあなたの味方だから。どうすればいいか一緒に考えよう。」




仲間はずれにされて孤立していた俺に、母さんと父さんは、俺は一人じゃないことを強調して勇気づけてくれた。









『虐められたことのある人は、虐めをしない』というのは、人それぞれだと思う。

昨日まで虐める側だった者が翌日には虐められる側になり、昨日まで虐められる側だった者が翌日には虐める側になる可能性があるのが、今の恐ろしい現状だ。


虐められた人が今後誰かを虐めるか虐めないかは、虐められた時の対応によると俺は思う。

俺は虐められた辛い経験よりも、そんな俺を庇ってくれた父さんと母さんの大きな存在の方が大きかった。


今は、虐めに加担するのを拒んだ子が標的にされたりもする。
でももし、虐めに加担するのを拒んだ俺が標的にされたとしても、俺には父さんと母さんがいるから全然怖くない。
だから俺は、人を虐めることも、虐めに加担することも一切なかった。




高校生になった今、やっと仲間と呼べるような存在が俺にも出来た。

どうやら父さんも、気の合う仲間が出来たのは高校生の時だったらしい。


父さん、俺も父さんから教えられたようにこの仲間を大事にしていくよ。


父さん母さん、あの時の俺を庇ってくれてありがとう。
ずっと味方でいてくれてありがとう。