花巻家の息子から
昨今の日本は、芸能人の浮気や不倫報道が横行していたり、不倫を題材にしたドラマが大人気だったりする。
テレビを見ても電車内の広告をみても、当たり前のように不倫や浮気という言葉を目にする日々だ。
「もし父さんが浮気したらさ、母さんどうする?」
夜、家族揃って食卓を囲んでいる時、俺は母さんに何気なく尋ねた。
丁度テレビのニュースには、芸能人の不倫報道が放送されている。
最近のニュースはこういうのばっかりで、いい加減うんざりだ。
「‥‥お前なぁ、縁起でもねェこと言うなよ。」
血の気の引いた顔で俺を見つめる父さんをよそに、母さんは『ん〜そうだなあ』と真剣に悩んでいる。
「日焼けサロンに連れて行こっかな!」
「「日焼けサロン?」」
笑顔で発した母さんの案に、俺と父さんが疑問を浮かべる。
父さんを日焼けさせてどうするつもりなのだろうか。
「貴大に私のブラジャーを装着して、日焼けマシンに入ってもらうの。色白の貴大ならブラの跡がくっきり残るだろうし、これなら人前で裸になれないよ。」
悪戯を思いついた子供のような表情で、母さんが楽しそうに提案する。
ブラジャーの形に日焼けした父さんを想像してみたら、ゾッとしたと同時に面白過ぎて、思わず吹き出してしまった。
「想像したら気持ち悪ッ!でもそれなら二度と浮気は出来ないだろうね。」
「おい、父親に向かって気持ち悪いはねェだろ。」
父さんがそう咎めながらも笑い、俺も母さんも肩を揺らして笑い始め、なかなか笑いが収まらなかった。
「‥‥でも、『ただいま』と言うのが嬉しくて『おかえり』と言うのが嬉しい家庭なら、男も女も浮気なんてしないと思うんだよね。」
笑いがやっと収まった時、母さんが穏やかな表情で言った。
母さんの言葉は、何故こんなにも心が温かくなるのだろう。
母さんの言葉に、気持ちが穏やかになっていくのを感じる。
そんな俺とは対照的に、感動したのか恥ずかしいのか、父さんは色白の顔を赤らめてプルプルと震えていた。
母さんの言っていることは、当たっていると思う。
昔から母さんは、父さんが帰ってくると『おかえりなさ〜い!』と元気よく飛びつく。
俺も物心ついた頃から小学校中学年の頃までは父さんを出迎えていたけれど、今でも母さんは昔と変わらずに父さんを出迎えているし、父さんが嬉しそうなのも変わらない。
これでもし父さんが浮気して、母さんを悲しませたらバチが当たるだろう。
「ま、お母さんは貴大を信じてますから。裏切られたら泣いちゃう。」
母さんが笑顔で言うと、わざとらしく悲しい顔を作り、食器を持って椅子から立ち上がった。
台所へ行く母さんを見ながら、父さんが『俺が名前を裏切るわけないだろ』とブツブツ呟いている。
浮気や不倫なんてする人もいれば、しない人もいるだろうし、結局は相手のことを大事にできない人がするのだろうと、子どもながらに思う。
浮気や不倫を正当化する人もいるが、俺は当たり前だとは決して思わない。
何故なら俺の父さんと母さんは、夫婦仲睦まじく暮らしているのが『普通』だからだ。
「母さんを泣かせるようなことしたら許さないからね。」
母さんが離れたリビングのテーブルで、正面に座る父さんに一応警告する。
「する訳ねェだろ。名前を嫁に貰うのにどんだけ苦労したと思ってんだよ。」
ジト目で俺を睨みながら父さんが言い返す。
「あっそ。ま、仮に別れてバツイチ子持ちだとしても、母さんに言い寄る男の人はたくさんいると思うけどね。」
「いい加減父さんを虐めるのやめてくんね!?言われなくても変な奴に狙われないかずっと心配なんですけど!名前結構抜けてるとこあるからさ!」
俺の挑発にカッとした父さんは『ま、そこが可愛いんだけどさ!』と言い加えた。
確かに父さんは、母さんが友達と会う為に綺麗に着飾っただけで『どこにも行くなよ』と心配そうな顔するしね。
心底惚れている父さんに、浮気はありえないだろう。
ま、精々母さんが誰かに取られないように気をつけなよね、父さん。