松川家の息子から
「母さんはどうして父さんと結婚したの?」
「どうしたの急に?」
リビングからカウンター越しに尋ねると、台所で夕飯を作る母さんが、呆れたように笑った。
『父さんが母さんと結婚した理由』なら、父さんから耳にタコができるほど聞かされたが、母さんから『母さんが父さんと結婚した理由』を聞いたことがない俺は単純に気になったのだ。
「母さんってバレー部のマネージャーで部員から人気があったんでしょ?及川さんはイケメンだし、岩泉さんは漢らしいし、花巻さんはノリ良くて面白いのにさ、その中から何で父さんと結婚したのかな〜って思って。」
よく遊びに来るバレー部の人達は毎回『名前は人気があって、引く手数多だった』と口を揃えて言う。
そんな母さんなら、他にもっと良い相手がいたんじゃないかと昔から疑問だった。
「そうねぇ。『お前はそのままでいいよ』って言ってくれたからかな。
この人はありのままの私を好きでいてくれるんだって思ったんだよね。」
ふと手を止め、何かを思い出しているかのように呟いている母さん。
「‥‥ふ〜ん。」
なんだか腑に落ちない俺を見て、母さんは笑いながら話を続けた。
「確かに及川はイケメンだし、岩泉は漢らしいし、花巻は面白いよ?
でも父さんは全て持ってるじゃない。カッコよくて、漢らしくて、面白い。」
聞いているこっちが恥ずかしくなってきた。
父さんが母さんにベタ惚れなのは昔から分かりきったことだけど、母さんも母さんだ。
「‥‥まあ何と言うか、ご馳走様ですって感じだわ。」
そんな母さんに呆れてはいるが、将来俺も母さんみたいな人を選ぶような気がしてきた。
「何よ〜あんたから聞いといて。言っとくけど父さんと結婚しなかったらあんたは生まれてなかったんだからね?」
「分かってるって。」
俺は顔だけでなく、髪質までも父さんにそっくりだと周りからも言われる。
父さんと結婚しなけりゃ俺はこの世にはいないし、それこそ父さんを選んでくれた母さんに感謝だ。
「‥‥あ!おかえりなさい!」
母さんの目線の先を辿ると、いつの間にか父さんが帰ってきていた。
「ただいま。」
昔から父さんは、家にこっそり入ってくる。
母さんをびっくりさせたいのと、母さんの反応を見たいからだという馬鹿馬鹿しい理由で。
いつにも増してニヤニヤしている父さんだが、もしかして母さんとの話を立ち聞きしていたのだろうか。
「なぁ、さっき名前と何話してた?」
母さんがお風呂の準備をしに浴室に向かうと、父さんがニヤニヤとしながら俺に尋ねてきた。
どうせ聞いてたくせに、言わせるなんてタチが悪い父親だ。
「‥‥言わなくても聞いてただろ。」
「ん?まあね。カッコよくて漢らしくて面白い父親を持って幸せだろ?」
父さんが得意顔で話す。
やっぱり聞いてたんじゃないか。
「俺からも聞いとく?名前と結婚した理由。」
「もう何遍も聞かされているので結構でーす。」
「可愛くない奴だな。ったく誰に似たんだ、俺か?」
「うん、確実に父さんだね。」
「何々?何の話してるの?」
いがみ合っていると、母さんが興味深そうに近づいた。
「ん?あ、名前と結婚して良かったな〜って。」
ハァ、またこれだよ。
一見クールな父さんは、母さんに関すると途端に鬱陶しくなる。
『松川(くん)のお父さんってダンディでかっこいいよね』と俺によく言ってくる友人やクラスの女子が、家での父さんを見たらどう思うだろうか。
母さんのことでデレるのは家の中ならまだいいけど、お願いだから外ではやめてよね。