牛島家の娘から
私のお父さんは、お母さんに対して過保護過ぎるし、お母さんがいないと何にもできない。
ある日、お母さんが友達と一泊二日の旅行に行くことになった。
「そんな可愛い格好で行くのか名前?寝袋で行った方がいいんじゃないか?」
「いやお父さんそれ、職質されちゃうから。それにフツーの寝袋だと歩けないから。」
「そうか。それもそうだな。」
お母さんの格好を見て指示したお父さんに、私が冷静にツッコミを入れる。
「ははっ、じゃあ二人仲良くね。いってきまーす。」
お母さんが一日以上不在になるなんて初めてのことだ。
私は、玄関の扉を見つめるお父さんの先行きが、不安で仕方がなかった。
お母さんがいないと、お父さんは何にもできなかったし、寂しそうだった。
そんなお父さんに私が『お父さんってお母さんがいないと、ほんっと何もできないよね』と皮肉めいたことを言っても、お父さんは『ああ、そうだな』と嬉しそうな顔をしていた。
「五時間後には名前が帰ってくるな。」
一夜明けて、昼食を食べながらお父さんが嬉しそうに呟いた。
お母さんが家に到着する予定の時間まで、まだ何時間もあるのに、お父さんはそわそわしている。
「うんそうだね。‥‥お父さんさ、ほんとお母さんのこと好きだよね。」
「ああ。好きすぎて仕方がないんだが、どうすればいいだろうか。」
何かいいアドバイスはないかと言わんばかりに、お父さんが私をじっと見る。
「う〜ん。結婚してるんだし、別に今のままでいいんじゃない?」
苦笑しながら曖昧に伝え、自分で作った炒飯をスプーンですくって口に入れる。
「そうか。」
私の言葉に満足したのか、嬉しそうな表情になったお父さんが『お前が作る料理は名前に似てきたな』と言いながら、2杯目の炒飯をよそった。
昼食を済ませた後は、玄関ばかり見つめていた。
それはもう、飼い主の帰りを待つ飼い犬のようで、お母さんが帰って来たときのお父さんときたら、ブンブン振っている尻尾がついているんじゃないかと思った。
見ているこっちは可笑しくてたまらなかった。
*
とある休日の、昼下がりのことだった。
「ごめん、お使い頼んでもいいかな?」
「いいよ、これ買ってくればいいのね。
お父さーん!一緒に買い物行こ!」
お母さんにお使いを頼まれた私は、買い物リストのメモを受け取ると、荷物持ちとしてお父さんを誘った。
「ああ。分かった。」
「ありがと〜!お願いね!」
お父さんと私は、歩いて10分ほどかかる大型スーパーマーケットへと到着した。
「これ、名前が好きだよな。」
「うん、好きだね。」
お父さんは手にした商品を買い物カゴの中へ入れると、『これも好きだよな』とか『これも買おう』とあれもこれもとポンポン買い物カゴの中へ入れていった。
気づけば、お母さんから頼まれた物よりも多く買ってしまった。
お父さんを荷物持ちとして連れて来てよかったと心底思ったが、最初からお父さんを連れて来なければ、こんなに購入品が増えたこともなかったと思う。
そういやこんなことは、お父さんと買い物に行ったら日常茶飯事のことだった。
「まーたこんなに買ってきて!」
「名前が喜ぶと思って買ったんだが。」
予想もしない購入品が並べられたテーブル上を見て驚くお母さんに、お父さんが悪びれもなく返す。
「ん〜まあ、それは有り難いんだけどさ、こんなに食べたら養豚になっちゃうよ。」
「なったとしても名前は名前だ。
その時は養豚場に買取に行く。」
「ふっ、何言ってんのもう。」
恥ずかしげもなく言うお父さんに、お母さんは照れたように笑う。
『そもそも養豚にはならないだろ』と心の中でツッコミながら、微笑む二人を見て、ほんとに仲の良い夫婦だなと思った。
*
お父さんは、自分の視界にお母さんがいないと『名前は?』と気にする。
お母さんがトイレに行っている間さえも。
お母さんがお風呂に入っている時には、次のように気にするのだ。
「名前、風呂長くないか?」
一日の家事を終えたお母さんが浴室へ向かって30分が経った頃、お父さんが尋ねた。
「いつもこんなもんじゃん。お母さんお風呂好きだし。」
お風呂で、溜まった疲れをゆっくりとっているのだろう。
いつものことじゃないかと、リビングで課題をやりながら、お父さんに返答した。
「まさか倒れてるんじゃないだろうか。ちょっと見てくる。」
「え?!いや大丈夫でしょ!?」
ソファからバッと立ち上がったお父さんにギョッとして、阻止しようとしたが、時すでに遅く、お父さんはもうリビングにいなかった。
暫くすると、平然とした態度でお父さんがリビングへと戻ってきた。
「楽しそうに歌を歌っていた。いい匂いがした。」
「あっそ。よかったね。」
「ああ。」
ほんとにもう毎日毎日、長風呂くらいで気にし過ぎじゃないか?
振り回される娘の身にもなって欲しいよ。
私のお父さんは世間的に有名なプロバレーボール選手だ。
だが、お母さんに関すると、てんでダメなところがあり過ぎる。
あんまり過保護過ぎると、いつかお母さんに愛想尽かれちゃうかもよ、お父さん。