瀬見家の息子から




俺が物心ついた頃から、母さんは俺に言っていた。

『お父さんを最初に見たときは、何とも思わなかった。でもお父さんのことを知れば知るほど気になって、知れば知るほど好きになったの。
少なくともお母さんは、お父さんと出会った頃の自分より、今の自分の方がずっとずっとずーっとお父さんのことが好き』と。

母さんは今でもこの台詞を嬉しそうに言っていて、父さんは何度も聞いている筈なのに何度も顔を真っ赤にしていた。



俺の母さんは父さんにベタ惚れで、結婚して10年以上も経つのに家の中で抱き着いたりしている。
そんな母さんとは対照的に、父さんは照れ屋なのか、何度抱き着かれても『やめろ』と言いながら顔を真っ赤にしていて、いつも母さんのされるがままだ。





母さんと父さんはいつも同じ時間に就寝する。
しかし今夜の母さんは、就寝時間になっても、俺の横で深夜のお笑い番組を見ていた。


「名前、先寝るぞ。」

「あ、うん。おやすみ〜〜。」


父さんを一瞥した母さんが笑顔で挨拶すると、またすぐテレビへと向き直った。
すると父さんが少しシュンとした顔でリビングを出て行ったのを、俺は見逃さなかった。




寝室へと向かったはずの父さんが、暫くするとまたリビングにやって来て、様子を伺いながら言った。


「本当に先寝るぞ。」

「うん。これ見たら私も寝るね。」


母さんがそう言うと、父さんはまた悲しそうな顔でリビングを出て行った。
母さんはテレビに夢中で、父さんの様子に気づいていない。
父さんはきっと、一人で寝るのが寂しいのだ。



番組を見終わると、母さんは『おやすみ』と俺に言って、リビングを出て行った。

暫くして、母さんに学校のことで言い忘れたことに気づき、二人の寝室へと向かうと、父さんと母さんはぐっすりと眠っていた。

父さんが、母さんをぎゅっと抱きしめながら。

父さんは母さんがいなくて寂しかったんだな、と思いながら寝室を後にした。


父さんと母さんは今でも、狭いシングルベッドに二人で寝ている。
以前、俺の子供用ベッドを普通のベッドに買い換えようとした時に、母さんが『ついでに私たちもダブルにする?』と提案すると父さんは『必要ないだろ。今のままで十分だ』と阻止していた。

照れ屋な父さんは、狭いシングルベッドじゃないと、母さんを自分から抱き締められないのだろう。
今思うと、そんな父さんが可愛く思えてくる。





ある日の夕食時、今日父さんは残業で遅くなると母さんから聞いた。


風呂から上がった23時頃、水分を補給する為にリビングへ向かった。
すると、いつのまにか帰っていた父さんが、ソファに横になって眠る母さんを見下ろしている様子がガラスドアから見えた。

そんな父さんを気にせずにリビングへ入ろうとしたのだが、父さんの行動を目にした瞬間入れなくなった。


父さんが眠っている母さんにキスをしたのだ。

すると眠っていた母さんが、ゆっくりと目を開けて、うっとりとした顔で微笑んで言った。


『もう一回』と。


今きっと父さんは、可愛い母さんに悶絶しているのだろう。
母さんのリクエストに応えた父さんが、もう一度覆い被さった時点で、空気を読んだ俺は自分の部屋へと向かった。


たまには素直になって、母さんの愛に応えてもいいんじゃない父さん?