むかしばなし

これは、まだ皆が京へ登る前で、美月と左之が恋仲になる前の話。美月は江戸の町で父親の診療所を手伝いながらも、自分で患者を診たりもしていた。







「…美月さんっ」


「……はい…?あ、貴方はこないだの……あれからどうですか?風邪はもう治りましたか?」


「はい、もう美月さんに診てもらったおかげですよ!」


「お役に立てたようでよかったです」



「…で、あ…あの…美月さん、これからお時間とかって…ありますか?」


「え…?」


「よかったら、僕とお茶でも行きませんか?こないだのお礼と言うか…!」


「そ、そんな…お礼だなんて……」





以前自分が診た男性の誘いに美月はやんわりと断りの言葉を告げる。…医者として患者を診るのは当然のことだ。自分は当然のことをしたまでで、礼をされるようなことなどしていないというのが彼女の言い分だった。
しかし男は純粋たる思いで誘っているわけではなく、彼女が自分のことを想ってくれないかと必死なのだ。







「少しでいいですから…」


「あ、でも……私、まだ診療中なので…」


「なら診療所が閉まった後にでもお食事にどうです?」


「…そんなっ…そこまでしてもらうようなことをした覚えは……!」






…はて、どうすれば目の前の彼は諦めてくれるだろうか。美月も美月で必死に断っているが、引くつもりはなさそうだ。美月がオロオロと困っていたそのときだった。






「…ん?何してんだ、美月」


「…あ、原田さん…!」






ちょうど偶然通りかかった左之の姿にホッと胸を撫で下ろし、息を洩らす美月。一方で、左之は今の状況がどういったものなのか確認するとニッと得意げに笑みを向けた。






「…悪いな、こいつは俺の女なんだ」


「…っ!」


「…あ、…す、すみませんでした…っ!!」






二人の間に入り、美月の腕を掴みながら男を軽く睨みつけると…彼は怯えた表情を浮かべながら逃げ腰でこの場を後にした。
遠くなっていく男の背を見届けると、美月は深々と頭を下げた。






「…助かりました、原田さん。本当にありがとうございました」


「いや、こんくらいどうってことねぇけどよ…アイツ、美月の知り合いか?」


「えっと…以前、私の家の診療所に来た患者さんなんですけど…そのときのお礼がしたいと強く申されまして……私はそんな大したことなんてしていなくて、医者として当然のことをしたまででしたから……」


「で、困ってたってわけか」


「…原田さんが偶然通りかかってくれて、本当助かりました」


「けど、いいのか?せっかくの誘いだったのによ…お前も年頃の女なんだ、男と所帯持って…とか思ったりするんだろ?」


「……ふふっ、私は原田さんにまでそんな心配させてました?」






左之の言葉にクスクス笑い声を零す美月。そんな彼女につられて左之も少し笑みを浮かべた。






「両親にも同じようなこと言われるんですよね。二人に余計な心配をかけないためにも早く嫁ぐべきなんでしょうが…私、まだまだ医者として働きたいですし…」


「別に他家に嫁いでから自分の診療所を持てばいいんじゃねぇのか?」


「…ここじゃなきゃ、駄目な理由があるんですよ」


「理由?」


「…原田さんにはまだ秘密です」


「何だよ、そこまで言ったなら教えてくれたっていいだろ?」






くすくす、と楽しそうに笑う美月は、一度優しく微笑むと、口を開いた。







「後少しだけ、待ってください。そうしたらちゃんと理由、お教えいたしますから…」







"みんなの…貴方の傍にいたいんです"って。