あやまち

彼女の元気がなかった。普段から大人しい性格の奴だったが…そういう意味じゃなくて、まるで何かに怯えているかのような…そんな表情を浮かべていた。
何かあったのか、悩みがあるなら話を聞いてやることくらいは出来るから話せよ、と…彼女に言ってはみたものの…美月は悲しげに笑みを浮かべ、大丈夫だと…それしか告げなかった。

だから、彼女のその表情の裏に隠された事実を知った時…愕然とした。





「…おいっ、美月…嘘、だろ…?嘘だと言ってくれ!」


「…ごめん、なさいっ…左之さん…」





ふるふると首を左右に振り、謝罪の言葉を繰り返す美月を見て…知ってしまった事実が嘘じゃないことを確信させた。






「…変若水の研究に…力を貸すことにしました」


「…な、んで…なんでお前がっ…女のお前が、そんなことする必要なんかねぇだろうが!」


「…私は、医者ですから…私の持つ医学の知識が…役立てられるんです…だから、私……」


「馬鹿野郎…っ」





弱々しく、一つ一つ言葉を紡いでいく美月の姿が見てられなくて…左之は彼女を自分の方へと抱き寄せた。すると、彼女も不安を拭うかのようにぎゅっとしがみついてきた。





「…これも御国のため、ですから…」


「お前がそんなもん気にする必要なんかねぇだろ!?お前は確かに腕のいい医者かもしんねぇが、女なんだ!あんな、人を変えちまうもんなんかにわざわざ自分から、」


「約束したんです…っ!歳さんに…こちらに来る前に…」


「は…?」


「私に出来ることなら、どんなことでもやりますから…連れて行って下さいって…」


「…っなんで、そんな約束…っ」


「だって、私一人江戸に置いてかれるなんて嫌だったから……皆と、左之さんと一緒にいたくて…だったら、私は私で皆の役に立たなきゃいけないって……っ」


「けど、それじゃあお前が望んでいた道を踏み外すことになるじゃねぇか!」





…自分の持つ医学で、沢山の人を助けたい。いつもそう話していた美月が選んだ道は…人を化け物へと変えてしまう薬の研究…正反対のものだった。





「…こんな、私を…幻滅しますか…?」


「美月…」


「…絶対、間違っているってわかっているのに……綱道さんは、」


「美月、落ち着け」


「…そんな彼を止めることが出来ない私に、失望しましたか…?」


「やめろ、美月…!」


「…っ私、自分が怖いんです…」






綱道には何度も言った。この研究は間違っていると…人の人生を狂わせるだけに過ぎないものだと。医者として、決して許されるものではないと。






「…っでも、私は間違っているんだと言われました…。御国のためには、誰かが、犠牲にならなければならないのだと…っ」


「…それを、なんで美月が犠牲にならなければならねぇんだ…お前は、そんな必要なんかねぇだろうが…」


「……左之さんが…」


「何…」


「左之さんが、私の気持ちを理解してくれるんなら…私はそれで、救われます」


「…お前、」


「…第一、一番辛いのは私じゃないんです……御国のためにと、変若水を飲まなければならなかった彼等ですから…っ」






きっと、彼等が発作で苦しむたびに…私の心も苦しくなるだろう。彼等の姿を、見ていられなくなるほどの罪悪感に襲われるのだろう。だが、それでいいのだ。
自分が犯した罪を、一生忘れずに背負っていかなければならない証なのだ。






「…ごめんなさい、左之さん……ごめんなさい…っ」






何度も何度も、泣き崩れながらも謝罪の言葉を繰り返す美月の姿に、左之はやり切れない思いを感じたのだった。