認めてください

「私も皆さんと一緒に京へ行かせてください」






試衛館の皆が江戸を立つと決まると、美月も連れて行ってくれと皆に頭を下げた。最初は皆反対した。今、京の町ほど危険な場所はないと言ってもいいほど、治安が悪い。そのために自分達が護衛しに行くというのに、そんな場所へ美月のようなか弱い女性を連れていけるはずがないと。
だが、美月も負け時と反論した。そんな危険な地へ行くのであれば、尚更自分のように医学の心得がある者が必要だと。皆が怪我したときに治せるのは皆のことをよく知る私だと。

美月の意志は固く、皆彼女の同行を認めざるを得なかった。
…しかし、ただ一人…彼女の京行きを認めない人物が一人。





「……はぁ」


「どうした、美月。溜息なんかついて」


「…あ、左之さん…すみません、ちょっと…」


「親父さんのことか?」


「…はい」






左之の言葉に美月は情けなさそうに、笑みを浮かべ、小さく頷いた。






「…先程話に行ったんですけど…私の京行きのことを認めないって、また言われちゃいました」


「…まぁ、親父さんからすればそうなるだろうなぁ」


「父の気持ちがわからないわけじゃないんです。だから、余計困っちゃって……」


「…そうか」


「けど、ちゃんと話し合って、理解してもらいたいから…江戸を離れるまで、何度でも足を運ぶつもりです」


「…お前は、強いな」


「左之さん達の方が強いですよ?私、剣術も槍術も使えませんし…」


「馬ー鹿、そういう意味じゃねぇよ」


「?」


「けどまぁ…それだけ意思が強ぇんなら、俺も強力してやる」


「へ?協力、ですか?」






左之の口から出た強力の二文字にきょとん、と目を丸める美月。一体何をすると言うのか、そう尋ねるかのように彼の方を伺うも、左之は何も言わずに美月の頭を撫でるだけ。その心地よさに目を細めつつも、左之に背を押されるように試衛館へ入って行ったのだった。

次の日。美月は左之に腕を引かれ、連れて行かれた先は…昨日美月が訪れた場所…彼女の実家だった。






「…左之さん…?一体何を…」


「…俺も一緒に頼んでやる」


「え……!」


「それに、江戸を去る前に美月の両親にもちゃんと挨拶しておきかったしな」


「で、でも…」


「安心しろ、な?」


「…は、はい…」






そう告げると左之は美月を引きながら、中へと入って行ったのだった。…美月は驚きつつも、自分が一生信じると決めた彼に全てを任せようと腹を括った。

二人一緒に中へ入ると、両親共に驚いていたものの、母がお茶を淹れたりしてくれた。父はと言えば、気に食わなそうに此方を見ようともしない。そんな父の態度に、左之へ申し訳なく思いつつも、美月は必死に声を掛けた。






「父様、此方は私がお世話になっている試衛館の客人の原田左之助さんです」


「知らん」


「…父様…お願いですから、そのような態度はおやめください。左之さんに失礼です…」


「…何だ、その馴れ馴れしい呼び方は」


「え…あ、その…」


「…親父さん、今日は美月のことで話があって来たんだ」


「なんだと?」





左之の言葉に反応を示す美月の父親。その様子に美月はドキドキしつつも、見守ることに決めた。






「俺が…俺が美月を決して危険な目に遭わせねぇよう一生守ってやる。不逞浪士なんかに指一本触れさせやしねぇ」


「…!左之さん…」


「親父さんの自慢の娘である美月は、俺が死んでも守る。だから…どうか、こいつの京行きを認めてやっちゃくれねぇか」


「……!…君は、美月とはどういう関係なんだ」


「…美月は、俺にとって何よりも大事な女なんだ…だから、お願い…します。美月を俺にください」






はっきりと、すがすがしいくらい堂々と思いを言い放つ左之に美月は思わず見惚れてしまった。何一つ隠すことなく、たじろぎもせず…父に自分をくれと頼み込む彼の姿は…誰よりも格好良く、自慢の恋人だと思った。






「…っ父様、私からもお願いです。どうか、左之さんの傍にいさせてください。お願いします…!」


「…美月、」


「私、一生左之さんについていくと決めたんです…だから、お願いです…父様…!」


「………」







二人して頭を下げ、頼みこんできたので流石に美月の父親も口を閉ざす。その様子を見かねた母がひょっこり姿を現した。






「…許してあげましょうよ、貴方」


「…っ母さん!」


「原田さんも、こうして江戸を立つ前に挨拶しに来てくれたんですから…」


「………」


「それに、美月だってもう覚悟を決めてるんですから」


「母様……」


「美月、医者として…一生懸命励んできなさい、傷ついた人を一人でも多く助けてあげなさい。それが医者としての貴方の勤めです」


「…はいっ…」


「原田さん、ふつつかな娘ですが…どうか美月のことをよろしくお願いします」


「はい」






母親の言葉にようやく頭を上げることが出来ると、二人は顔を見合わせて、笑みを浮かべたのだった。