▼ Bambini

日本にある米花町に来て、数日が経った。
その数日間に何かが起きた、なんて報告は部下から受けていないし、平和なんだろう。

こんなにも平和なのであれば俺が来る必要は無かったはずなのだが…まあ、今はいつどこで何があるか解らないようなご時世なんだ。
町を守るヒーローがひとりくらい居たって、そう悪いことではないだろう。
ま、ヒーローと言っても俺には殺しくらいしか出来ないからヒーローらしくはないんだけどな。
綱吉に言われたら、ちゃんと半殺しで終わらせるけど。

徘徊の意味も込めてプラプラと町を散策していると、広場のような空き地のようなそんなところで楽しそうにサッカーをしている少年少女5人組を発見した。
子どもって良いよな、何も知らずに平和で呑気に自由に好き勝手生きられるんだから。
だいぶ前にそれを言うと綱吉から「雄魔さんも充分自由人ですよ」と言われたのは、まだ記憶にも新しいものとして残されている。

呑気だなあ羨ましいなあ、なんて思いながらその光景を眺めていると、不意にサッカーボールが飛んで来た。
一瞬条件反射で撃ちそうになったが、そんなことをしたら子どもたちが悲しむ。
こんな仕事をしていても子どもは好きなんでね、俺。
まさに博愛主義者ってやつ?



「ったく元太の奴…飛ばし過ぎなんだよ。」

「ほらよ、ボウズ。」

「ありがとう、お兄さん。」



ぶつぶつと文句を言いながらボールを取りに来たのは、眼鏡を掛けた少年。
よくもまあ、蝶ネクタイなんてする堅っ苦しい格好でサッカーなんてものが出来るもんだ。
俺、さすがにこのまま(スーツのまま)じゃサッカーなんてしたくはねぇよ。

ご丁寧なお礼の言葉を受け取って、サッカーボールを抱えて戻る少年に視線を向ける。
子どもは外で遊ぶのが1番、ってやつか。
俺が小さい頃は、「外で遊ぶなら訓練を終えてから遊びなさい」って両親に言われてたから友だちとあんな風に遊んだ記憶はかなり少ない。
だからすこしだけ、羨ましかったりもする。

こんな平和な空気なんだ。
どうせ今日も何も起きずに終わるんだろう。
そう腹をくくって地面に座ると、何故かあの少年少女の中のひとりの女の子が俺の方へと駆け寄ってきた。



「お兄さん、スーツのまま座ったらスーツが汚れちゃうよ?歩美、ハンカチ持ってるから良かったら使って!」

「ありがとう優しいお嬢ちゃん。でもこれ安物だから、別に汚れても良いんだよ。」



どうやら女の子は親切心で来たらしい。
呆れたように見守るお友だちなんて放置しているのか、スッとハンカチを差し出してきた。

そのハンカチは薄ピンク色で、かわいらしいウサギのイラストが刺繍されている。
子どもらしくてかわいいハンカチだな、と思いながらもそれをやんわりと断った。
まあ、安物のスーツっていうのは間違いじゃないし、そもそもすぐ血で汚れてしまうだから、今さらそんなことを気にしても仕方がない。

よほど高価なスーツに見えるのか「本当に大丈夫?」と心配そうに訊かれる。
ま、子どもからしてみたらオーダーメイドで1着100万くらいになるスーツってわりと高い方だよな。
あれ、普通の一般人からしてみてもこれは高価なスーツに入るのかな、俺には解んねぇや。
小さい頃からこんな世界に居たからなのか、価値観や金銭感覚がおかしくなっている気がする。

「大丈夫だから遊んで来い」と言って女の子の頭を撫でてやると、女の子は嬉しそうな表情を浮かべて彼らが待つ場所へと戻って行った。
俺、女・子どもには優しいの。

のんびりと景色を眺めていると、俺に痛々しいほど突き刺さる視線に気が付いた。
顔は動かさず視線だけでそれを辿ると、そこにはもうひとりの女の子が居る。
将来有望な美人さんだなあ、なんて思って、その視線は気にしないことにした。
俺ってイケメンだし、もしかしたら子どもまで釘付けにしちゃったのかな。

…なーんて、これはそんな冗談を言っていられる場合じゃねぇよな、うん。
あのお嬢ちゃんの視線は、そんなミーハーじみた軽い意味での視線なんかではない。
どちらかと言えば敵意が見える。
俺ってそんなに解りやすいのかね。

あのお嬢ちゃんは要注意かなー、なんて頭の片隅にインプットしていると何処からか悲鳴が耳に聞こえてきた。
あーらら、もしかして事件か何かですかね。


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