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はじまりは、1本の電話だった。



『う゛ぉおおおい!!仕事だぞぉ…!!』

「おまえマジで煩いよ。しかも俺、ヴァリアーじゃねぇんだわ。お宅らで勝手にどうぞ。」

『雄魔!』



綱吉は俺をなんだと思っているんだか。

今朝の目覚めは、最悪なものだった。
向こうの時間では夜かもしれないが、こちらの時間帯はまだ朝の時間。
すやすやと眠っていたところを電話の着信音で叩き起こされ、しかも電話の相手であるスクアーロのクソみたいな安定のある大声を直に訊いてしまったので、嫌でも意識が覚醒してしまった。

しかもだ。
俺がちょうど日本に居るからと言って、ヴァリアーの仕事を押し付けてくる始末。
「沢田綱吉の許可は取ってるぜ」なんて言うスクアーロが目の前に居たのなら、迷わず俺の愛銃を使ってスクアーロの身体を蜂の巣にしてやっただろう。
それか、昔リング戦でトラウマとなってしまった鮫の幻覚でも見せたな。

でもまあ、ミステリートレインまでの良い身体馴らしにはなるだろう。
暗殺部隊ヴァリアーからの仕事だ。
夜にしかしないことは目に見えているし、それまでどこか適当にドライブでもするか(散歩だと遭遇する可能性があるので最近はもっぱら車での移動が多い)。

スーツしかないこの家では、一般を装うときになかなか苦痛ではある。
私服を買おうとしなかった俺にも非はあるのだが…今日は服でも買いに行くか。



「……………。」

「まさかこんなところで会うとは思ってもみませんでしたよ、如月さん。」

「俺も思ってませんでしたヨ…。」



だから!
どうして!
こうなる!

意気揚々とショッピングに出掛けたは良いものの、訪れたショッピングセンターにてこの前探偵団と行った喫茶店の店員…安室透と遭遇した。
メンズフロアで見掛けた瞬間、「まずい!」と思って逃げようとしたものの、運が悪いことに俺は安室に捕まってしまったのだ(ついてない…)。

というわけで俺は安室と一緒になぜか(ここ重要)、少し遅めの昼食を食べていた。
食ってる気がしないのはなぜだろう。



「今日はお買い物ですか?」

「あー…まあ、私服を買いに。」

「そう言えばいつも高そうなスーツですね。前回と少し違うようですし…。そんな高価なスーツが何着も買えるなんて、如月さんは探偵として売れているんですね。」



あ、こいつやばいわ。
俺の直感が、そう訴えた。

安室透と言う男、訊けば探偵だとか(確かに最初会ったとき自己紹介のように言っていたかも)。
あの喫茶店はあくまでもアルバイトで、一応本業は探偵をしているらしい。
胡散臭さ満載だから、どこまでが事実なのか疑いしか出て来ないのだけども。

しかし、探偵というのはあながち間違いなんかではないのかもしれない。
目敏く人のことを見ているし、何かを探ろうとしているようなこの表情は探偵のようなものが感じとられる。
ま、俺は探偵がどんなものかまったく知らないから、断定とかは出来ないけど。



「それにしても、安室さんはなぜここに?」

「僕も同じですよ。たまには買い物でもしようかと思って、出て来たんです。」

「へー…。」



それにしても、だ。
何が悲しくて大の男ふたりでこんな小洒落たカフェで昼食を摂らねばならないんだ。
どうせなら女の子と来たかった…。
まあ、彼女なんて居ないから無理だけども。
これでも一応、ボンゴレの屋敷内では雲雀や骸と並んで人気だったんだけどな…。

注文していたラザニアをツンツン、と突いていると、安室から視線が向けられる。
なんだ、こいつもラザニア食いたいのかよ。
俺はそんなに腹は減ってないし、食いたいのなら食えば良いと思う。



「ん。」

「…はい?」

「だから、ん。これ、食いたいんだろ?」



熱々のラザニアをフォークで刺し、ズイッと安室の口元へとそれを運ぶ。
安室が目をきょとんとさせて俺を見るものだから、無理矢理のような形で安室さんの口にそれをねじ込んだ。

まったく、いくら面識が少ないからって言っても、こんなことで別に遠慮することはないのに。
そう思って俺もラザニアを食べようとしたとき、こちらに向かってたくさんの視線が投げ掛けられていることにようやく気が付いた。
その視線の多さに「なんだ、敵か?」とは思ったが、それはどうも違ったらしい。

コソコソと「あのふたり…」とか「きゃー!まさか!」とか…そんな不思議な会話が耳に届いてくる。
なんだなんだ、誰か俺に解りやすく説明しろ。



「如月さんは大胆なんですね。」

「は?」

「男の僕に食べさせあいっことは…男同士とは言え、お見逸れしました。」



俺は安室にそこまで言われて、ようやく今の状況を理解することが出来た。
よくよく考えてみると、確かにさっきの俺の行動は普通の感覚ではおかしい。
ボンゴレ本部だと餌付け感覚で骸や雲雀に食わせていたから、すっかり汚染されていた。

あまりの出来事に、思わず熱くなってくる。
たぶん、今頃俺の顔は真っ赤になっているだろう。
顔中が熱を持っているように、熱く火照っている。

それから俺は掻き込むようにラザニアを頬張り、ふたり分の注文が打たれた伝票を持ってその場から逃げるように席を立った(熱くて舌、火傷したわ)。
後ろで「如月さん?」と動揺しているような声で名前を呼ぶ安室のことは、この際無視だ。
俺は一刻も早く、この場から立ち去りたい。



「如月さん!」

「っ!」



会計を済ませてカフェから出ると、追い掛けてきた安室から思い切り腕を掴まれる。
この人、さっきまで食べていたはずのパスタはもう食べ終えたのだろうか。

恥ずかしさから来る混乱のあまりか、そんなくだらないことしか俺の脳裏には過ぎらなかった。



「僕の分、お支払いしますよ。」

「あ、いや…、良いです。俺、いつもの癖で安室さんに恥かかせたし…。」



財布を取り出して金額を訊いてくる安室を制し、受け取らない理由を説明する。
大衆の前であんなことをして、たくさんの視線を浴びさせてしまったんだ。
安いものではあるが、これくらいはさっきの慰謝料として受け取ってほしい。

それに、この人が話したことのをすべて信じるつもりはないが、今のところ探偵とアルバイトで生計を立てている人、ということになっている。
そんな人から金を受け取るほど困ってはいないから、すんなりと流してもらいたい。



「僕は恥ずかしくありませんでしたよ。」

「…何言ってんですか安室さん。」

「本当です。如月さんほど綺麗な人からであれば、普通に嬉しいですよ。」



ああ、そのフォロー…今は胸に刺さるよ。
と言うか軽く流してくれないのか…くそぅ。

驚くくらい爽やかな笑みを浮かべて「僕は恥ずかしくありませんでしたよ」なんて言うのは、すこし狡くないだろうか、安室さんや…。
これだからモテるイケメンは困る。

そのあと安室から、「お礼に洋服くらい買わせてください」と言われたので頑なに断ったけれど、結局は押されてしまって半ば強引に安室から服をプレゼントされた。
しかも安室のコーディネートで、一式。
この人の生計はどうなっているんだ?

多少怪しさはあるものの、俺のせいであんな恥をかかせてしまったので強くは出られない。
結局携帯の番号なんかも交換させられてしまい、なぜか俺の携帯のメモリーに安室透の名前が増えてしまった。

今まではドライブは平和だったのに、結局ドライブでも誰かに会うのかよ。
こっそり溢した溜息は、ショッピングモールで流されている音に掻き消された。


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