▼ Benevolenza e ostilita

※ 多少の流血表現注意



地面に滴るのは、今俺が流させた敵の血液。
相手は俺を見るなり「紅蓮の死神だ!」と叫んで逃げ回り、そして呆気なく俺に殺された。

その異名は、好きではない。

俺に会えば待っているのは"死"のみ。
瞳の色が紅蓮だから、というのもあってか…それから紅蓮の死神と呼ばれるようになった。

けれど俺だって、敵を生きて捕獲することだってある。
拷問に掛けて結局は死なせるのだが、その拷問なんかは基本的に骸かヴァリアーが行う。
だからこそ、死神だなんて呼ばれることが俺はあまり好きではなかった。

サイレンサーを付けた銃を発砲すると、俺に撃たれた敵はその場に倒れこむ。
そして死に行くのだ。



「フー…。」



電話にてスクアーロに頼まれた例の仕事を終え、その場でタバコに火をつけて一服する。
血に汚れているここの空気は決して良いものではなかったが、長いことこの世界に居るからなのか、血の匂いなんかは特に気にならなかった。

そこでふと、あることを思い出した。
それはひどく滑稽なことであり、自嘲するかのように笑ってしまうようなこと。



「この俺が探偵、ねぇ…。」



人を殺すことを得意とする探偵だなんて、今まで一度も訊いたことがない。
もし仮にこの脳を探偵として活かせたのであれば、俺は別の道を歩んでいたのだろうか。

答えは、否。
先日の見解はあくまでも俺自身が"そういうもの"に見慣れていただけであり、彼ら探偵の言う推理という推理なんてひとつもしていない。
あれは言わば、憶測のようなものだ。

子どもたちの期待を裏切るのはすこしばかり心苦しくもあるが、こればっかりは仕方がない。
俺は、彼らが追う側に立っている。

もし俺が彼らに追われる立場になったとしたのなら…。
俺は、いったいどうするのだろうか。
いや、そんなことはこの際どうでも良い。
今は綱吉から与えられた任務だけを遂行し、成功させることだけを考えていれば良いのだから。

既に短くなってしまったタバコを地面に落とし、それを足で踏み消した。







ミステリートレインまであと1週間を切った頃、安室からメッセージが届いた。
そのメッセージは、"今日どこかに出掛けませんか"というシンプルなもので。
こいつ暇なのかよ、と思いながらも俺も人のことを言えないくらい暇だったから、ふたつ返事で終わらせた。

"安室透"が警戒すべき人間であることに変わりはない。
けれど連絡先を交換している上に(不本意ながらも)接点があるので、誘いを断るのは賢いとは言えないだろう。
それに最近、俺ってばどこに出掛けても誰かしらに会っちゃうからなあ…。

しばらくして震えた携帯。
それは安室からのメッセージ受信を知らせるもので、開くと"それでは迎えに行きますね"と書かれていた。
まさか家を知られるわけにはいかないので、近くの公園を指定して俺も出掛ける準備をする。

知らない方が身のため、って言うの?
安室は俺がマフィアの一員なのだと知ったら、いったいどんな顔をするんだろうか。
いや、安室だけではない。
あの探偵団も…どんな顔をするのやら。
もし知られたのなら、探偵団である彼らが俺のことを追う日も近いのかもしれない。



「如月さん。」



公園の壁に背中を預けていると目の前に白い車(これはマツダのRX-76か?)が停まり、軽くクラクションを鳴らされたと思ったら安室が車から降りて来た。
29歳にして、仕事は探偵にただのアルバイト…それなのにこいつ、なかなか良い車に乗っているじゃないか。
一般人を装うのなら、それ相応にしないとだめだろ。

もしこいつがどこかのファミリーに属しているのであれば話しは別なのだが、ファミリーはそんな回りくどいことなんかはしないはず。
ま、格下の末端であればあるのかもしれないが…この車を見ている限り、その可能性はないとも言えるだろう。
何度も言うが、俺は話しを合わせているだけであって探偵なんかではない。



「どこへ行きますか?」

「どこでも。俺、最近まで海外で暮らしてたし、米花町もはじめて来た町なんでどこに何があるとかまったく知らないんですよねー。」

「海外?どこで暮らされていたんですか?」

「まあ、イタリアでちょっと。」



安室からどこへ行きたいかと訊かれたが、俺は米花町の存在を知っていただけであって米花町の地理を知っているわけではない。
それをそのまま口にすると、安室はサラッとどこに暮らしていたのかを訊いてきた。
そう、サラッと、だ。

まるで「今日のごはん何?」とでも言うかのように、ごく自然に訊かれた。
あまりにも自然なものは、自然過ぎると逆に不自然なものにも思わされる…。

ただの一般人であれば、その自然な行動も純粋な疑問故に言われているように思えるから気にもならない。
けれど彼は…どうも引っ掛かる。
疑問を感じているからこそ、安室の発言は不自然なように感じさせられたんだ。



「へぇ、イタリア…。もしかしてイタリアでも探偵業をされていたんですか?」

「ま、そうですね。」



まるで何かを探るかのように、こと細やかに俺のことを訊いてくる安室。
俺のことを知られたところで特には問題はないが、正直なところあまり良い気はしない。

仮にも俺はイタリアンマフィアだ。
知られて困ることも、ないわけではない。
まあボンゴレは普段自警団として表立って活動しているわけだから、ボンゴレという組織が壊滅させられることはないが(守護者も最強だし)。



「俺のことより、安室さんは?俺のことを知ってもらっても別に良いんですけど、俺は安室さんのこともちょっとは知りたいですね。」

「ほー…。如月さんはこの前のことと言い、結構大胆な方なんですね。」

「は?」



話題を変えるために安室のことを訊いてみると、安室はニヤリと笑いながら俺の顔を横目に見ていた。
意味が解らず安室の顔を見ていたら、「僕のことを知りたいだなんて、まるで僕に気があるみたいな言い方ですよ?」と言われてやっと気が付く。

まさか男である俺がそんなことを言われるだなんて思ってもいなくて、照れくさくて思わず顔を覆い隠した。
くそ、俺は男なんだ、男の安室なんかに気があるわけがないのに…この敗北感!
というより、おかしなことを言ってくるな!



「お、俺は男だぞ!?そんな少女漫画みたいなセリフ言われたところで…!怖いわ!」

「僕はどんな性癖の方でも気にしませんよ?そんな無意味な差別はしませんから。」

「うっせーよ!」



ああ、なんだ。
真面目モードだった俺…どこに消えたわけよ。

こんな男に振り回されるだなんて、思ってもいなかったしこんな事態は、はじめてだ。
隣の運転席で楽しそうに笑っている安室を睨みながら、俺は過ぎ行く景色を眺めた。


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